第89章 身から出た錆
誰が信じてくれるだろう。
「…うるさい…」
公園で、私と並んで雑談をする彼の目の前。
子どもが転んで泣き叫び始めると、彼は私と同時にベンチから腰を上げ、躊躇いなく子どもの服を摘んで助け起こすような人だった。
「…騒ぐな」
使うのは親指と人差し指と中指。
薬指と小指はピンと張ったまま。
まるで汚いものを触るような触れ方だけど、仕方ない。
五指で触れれば、子どもの服なんてすぐに崩れて消え去ってしまうから。
彼の「個性」を知ったのは、ほんの偶然。
二人でベンチの脇に立っている木の上にできた鳥の巣を見上げていた時、不意に雛鳥が一羽落ちてきた。
鳥が巣を作ったようだと、ピーピー鳴いてやかましいと、鬱陶しそうに話していたのに。
彼はベンチからめいいっぱい手を伸ばし、地面に向かって落下していく雛鳥を手で捕まえようとして。
その小さな命を塵にした。
「………………………。」
『……弔』
「……なんの話してたっけ。あぁ、それでさ…」
私が声をかけるまで、彼はじっと、塵の積もった自分の掌を眺め続けていた。
「…それで…それでさ」
まるで何もなかったかのように。
彼はベンチに戻り、また俯きながら談笑を始めて。
「……あれ……」
まるで何も気にしていないかのように。
振る舞おうとして、頑張って。
「…何話したかったんだっけ…忘れた、なんでだ…今思い出す。……それより、なんか…寒いな」
震え始めた指先を、また。
これ以上何も壊してしまわないように、きつくきつく握りしめて、自分のポケットへと押し込んだ。
『…寒くないよ』
「うるさい、殺すぞ」
『…殺さないでよ』
「寒いだろ」
『………。』
「…なんとか言えよ」
『…寒いね』
「だろ、だから震える」
『…弔』
『……弔は、悪くないよ』
意図的に殺したのか。
何かを救おうとして、殺してしまったのか。
どちらも大差ないと考える人間も、大きく差があると考える人間もたくさんいるだろう。
少なくとも私は。
『…だから、そんなに俯かなくてもいいよ』
目の前で一つの命が葬られても。
ひどく肩身が狭そうに縮こまり、下を向き続ける彼の味方でいてあげたいと、思ってしまうような人間だった。