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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第89章 身から出た錆




「いなくなった」


もう日が暮れた公園のベンチ。
彼と私は一人分のスペースを空けて、一つのベンチに腰掛けた。
唐突に話しかけて来た彼の言葉が要領を得ず、私は眉間にしわを寄せて答えた。


『…誰が?』
「…先生。…おまえ、やたら警察に触れ回ってただろ。最近になってまた騒ぎ出したって聞いた。なら、最近またどっかで見かけたってことじゃないのか」
『……最近っていつの話かわからないけど、私はもともと日本に住んでなかったから、事件直後にアメリカに帰って、二年前くらいに日本に住むことになってまた警察に働きかけ始めただけ』
「………。」


彼が小さく、なぁんだ、と呟いたのが聞こえた。
私は途方にくれたように俯く彼の横顔を盗み見て、イラついた。


(……先生がいなくなった?行方不明って意味か?それともヒーローに追われて身を隠してる?)


いくつもいくつも問いかけの候補を思い浮かべて、言葉にしようと息を吸った時。
彼が呟いた。


「…死んでない…」
『……え?』
「…死んでなんかいない…そんなわけ」


そんなわけ、ない。
彼はそう繰り返し繰り返し言葉にすることで、溢れそうになる自分の感情を抑え込んでいるようだった。









先生がいなくなった









死んでなんかいない










俯いて、必死にそう自分に言い聞かせている彼を見て。
私は、ドッと胸に穴が空いたような最低な気分になった。


(………死んだ?こんな、あっけなく?)


かと言って、生きていて欲しかったかと言われればそうじゃない。
ああいう輩はとっとと死んで、無残で惨たらしい死に様を迎えたことを世間に晒されればいいと思っていた。
遂に念願が叶ったというのだろうか。
けれど、これは叶ったと言っていいものなのか。


『……ねぇ、私を殺さなくていいの?』
「………。」


呆然としたままの私の隣で「先生」の身を案じていた彼は、ようやく言葉のループを脱して、私に向けて返事を返した。


「…おまえを殺すのは…先生の指示じゃない。俺がおまえを殺しとくべきだと思った…だからやめるのも俺が決める」
『……なんで?』
「よくよく考えたらおまえ、全然警察に相手にされてないもんな」
『…………。』
「あんだけ騒いで…誰一人として再捜査には動いちゃいない。おまえ、前科者か?」

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