第9章 お忘れではございませんか
「……迷惑だったか」
うなだれる向の様子に、少し困惑しながら伺いを立てると、向は顔を横に二度振って、どうぞお構いなく!と力強い返事を返した。
『昨日の勝己の気持ちが少しわかった気がする…いや、全然そんな気ないけどね?でもほら、男女二人で登下校って少し期待するシチュエーションではあるから』
「…期待?期待なら、俺もしてた」
『えっ』
「クラスじゃお前はいつも誰かに囲まれてるから…二人きりの時間なら」
向は俺に食い入るような視線を向けてくる。
その視線の意図に思考を走らせながら、言葉の続きを繋げた。
「…お前と、あっち向いてホイできるんじゃないかって」
『ちくしょう、結局か!どれだけ遊びたい盛りなんだ!』
「…そんなこともねぇよ」
『なにが!?』
「こんなに遊びたいって思うようになったのは、お前と初めて話してからだ」
元々、誰かと遊ぶ性格でもねぇし。
そう言うと、向は高いテンションをようやく下げて、俺の言葉の先に耳を傾けることにしたようだった。
「ただ単に、ひとまずの目標だった雄英に進学して、少し気が抜けたせいかもしれねぇが。なんか…「あっち向いてホイ」ってゲーム名、少し間抜けな響きがしねぇか。中身を知らねぇとなおさら気になる。それに負けねぇって言ってるお前のことも」
『…子どもの頃やったりしなかった?』
「やったことねぇ。あるのかもしれねぇけど」
誰かと遊んだ記憶なんて、ずっと昔のことすぎて、覚えてない。
「……向」
『ん?』
「…俺が勝ったら、お前の個性教えろよ」
『いいの?かなり分が悪いと思うけど』
それじゃいつまでもわからないままだよ。
そう言って笑う向を見て、俺は、少し自嘲の混ざった言葉を口にした。
「……なら、クソみてぇな毎日の気晴らしに、いつまでも俺と遊んでくれ」
向は俺の言葉に、一瞬目を丸くして。
それでも、深く聞いてくることはせず。
ふわりと笑って、言葉を返した。
『…喜んで』
駅までの道を、2人で歩きながら。
俺は向とあっち向いてホイをして、何年振りか思い出せないほど久しぶりに、遊んで帰った。
ゲームに負け続けて帰る、その日の帰り道は。
少しだけ。
本当に少しだけ、楽しかった。