第9章 お忘れではございませんか
「お前、相澤先生に目ぇかけられてるよな」
ふと思いついて、以前から気になっていたことを聞いてみた。
向はキョトンとした顔をして、『なんで?』と聞き返してくる。
『それはないでしょー、だって今朝だって戦闘訓練のことコテンパンに言われたし』
「…逆だろ?合理性を追求するあの先生なら、大して興味のない相手にわざわざあそこまでの言葉数も時間も割かない」
お前は気に入られてるよ、と伝えると、向は少し困った顔をした後、『そうだったらいいね』なんて曖昧な返事を返してきた。
『…あの扱いで私が目をかけられてるなら、出久はオールマイトに目をかけられてるよね?』
「…そうだな」
『なんで?何か知ってる?』
「知らねぇ。あんまりあいつと話さねぇし」
『焦凍は普段誰と一緒にいるの?』
「…誰とも、特に」
『…特に?』
「…特に」
(…なんて言い出せばいいんだ)
会話をどうやって目的に繋げていこうかと思考していると、なんだかずっと落ち着かないように見えた向が、そわそわとしながら問いかけてきた。
『……あの、なんで誘ってくれたの?』
「……なんで?」
『理由なく誘ったわけじゃないよね』
向はなぜか少し恥ずかしそうにうつむきながら、長い毛先を指先でいじり始めた。
(…そうか、やっぱりわかるよな)
自分の意図が見抜かれていたことに、少しホッとした。
知られているならもう隠す必要はない。
だから俺は文脈も何も考えず、提案した。
「…向」
『はっ、はい!?』
「お前……俺との約束、覚えてるか」
『……………約束?』
「怪我が治ったら、って約束したろ」
『……………………ん?』
しばらく向と俺は見つめ合った後、あいつは信じられないといったように目を丸くして、問いかけてきた。
『……あっち向いてホイ、やってみようって話?』
「あぁ。…それも綺麗さっぱり忘れてたのか」
『えっ、いや…覚えてたけど、待って。私を昼ごはんに誘ったのもその為?』
「あぁ」
『二人きりで帰りたいって』
「1対1のゲームなんだろ」
さすがに誰かを省いてまでやりたいと思うほど、空気読めなくはねぇよ、と伝えると、向は顔を両手で覆って、『この天然たらしめ、ちくしょう!』と暴言を吐いた。