第87章 「友達だろ」
ーーー事件発生まで2時間40分
長い長い夢を見ていた。
重い身体を起こそうと枕に手を置いて、じんわりと濡れているその布地に気づき、ため息をついた。
うわ言でもずっとぼやいていたのか、喉は潤いを失って、発声するだけで痛みを伴うほどに乾き切っている。
床頭台に置いてあったスマホを起動して、必要事項を確認しようと彼にメッセージを送った。
深晴<起きた、どこ行けばいい?>19:50
数秒もしないうち、スマホの画面には「T」という文字が表示され、着信を告げるバイブが鳴った。
『…もしもし』
<怪我は>
『…それなりに痛い』
<わがまま言うからだ。…場所は神奈川県神野区。どのくらいで合流できる>
『んー…5時間くらい?』
<1時間で来い>
『待ってよ、長野から神奈川へ行くのに1時間はさすがに無理じゃないかな?』
<1時間半>
『もう一声』
<…2時間>
『いやーさすがだなぁ弔は、移動時間に2時間半も猶予をくれるなんてー』
<なんでもいい、とっとと来い>
<………早く、会いたい>
そう電話口から聞こえて来た死柄木の声に、向は一瞬言葉につまり、『…すぐ、会いに行くよ』と言葉を選んだ。
病院着を脱いだ瞬間、身じろぎをするたび疼いていた背中の傷がズクリと痛んだ。
『…っ…』
<…なぁ、おまえ本当に動けるのか>
『…今さら何を。どうせ勝己の扱いに手を焼いてるんじゃないの?』
<………今じゃなくてもいい>
『甘いなぁキミは。ツメが甘いんだよ、そんなんだから……』
<………そんなんだから、何だよ>
『……痛いや』
<………だから、動けないなら来なくていい>
(……あぁ、またそんなことを言う)
犯罪組織のリーダーのくせして。
彼は信じられないほど私に甘い。
一体誰が、私以外に。
こんな彼の側面を知っているだろう。
(…いや、私以外には)
誰も、本当の彼を知らない。
きっと、彼の秘密を私しか知らない。
彼には私しかいない。
私もそうだった。
だから私は特別で、彼も私とっての特別だ。
熱に浮かされ、脂汗を拭いながら。
病院のエントランスを出て、通話を切った時。
名前を呼ばれた。
反射的に振り返り。
向は彼の名前を呼んだ。