第85章 無いものねだり
「俺さ、爆豪いなくなればいいのにって思ったんだ」
絶賛後悔中、と申し訳なさそうにはにかむ彼は、言いようがない居心地の悪さを感じてなのか、いつもの彼らしくないほどに歯切れが悪い。
「皆でプール行った日さ。向と仲良い爆豪見て…ダチにそんなこと考えるなんて最低だよな。すぐ考え直したし…自分でももうケジメつけたからあとは爆豪に謝るだけだったんだけど…」
「また明日謝ろうって思ってたら、また明日が来なかった」
(………それ)
轟には、身に覚えがある。
今からもっと幼いある日。
自分が自分を嫌いになったあの日の自分の感情と、切島の感情はきっと似ている。
ーーー俺冷たい方がいい!
轟が母と、最後に囲んだ夕食は。
轟が好きだったざるそばのように盛られた、湯通しがされた熱い蕎麦。
熱盛り蕎麦っていうんだよ、と。
教えてくれた優しい母の目の前で、轟は訓練の成果を褒めて欲しくて、コントロール出来始めていた右手の個性で熱い蕎麦を凍らせた。
熱盛り蕎麦を台無しにしてから、轟がわがままを言った後、母は泣き始めてしまった。
ーーー明日、お母さんがいなくなると知っていたら
ーーーわがままなんて言わず、熱くて食べ慣れない蕎麦を、おいしいおいしいと食べたのに
また明日が来たら謝ろう。
また変わらない「明日」が来るんだと、そう漠然と信じきっていたあの時の自分のことを忘れられるわけがない。
だからこそ。
泣き出しそうになりながら自分の懺悔を話して聞かせる友人の痛みが分かる。
「…切島」
「頼む、轟…!俺だけじゃきっと八百万は頷いてくれねぇ、俺と一緒に来てくれ!!戦えないのはわかってる、だったら戦闘にならねぇやり方で俺らは俺らで動けばいいんだ!!!」
助けられなかった、と決めつけるのはまだ早い。
そう熱く語る彼が、轟の助けを求めている。
轟は、その事実を再認識して。
考えるよりも先に、返事を返していた。