第85章 無いものねだり
八百万が発信機を生み出し、泡瀬の個性を使って敵に溶接。
一切襲ってこなくなった脳無の向かう先に何かがあるのだと推測し、三人で敵の合流地点に向かう途中。
八百万が倒れた。
「先生、俺、施設までこいつ運びます!!」
「っ…ダメだ」
「なんで!?そいつどこ向かってんのかわかんねぇじゃん、深追いすんのは無理だって!!!」
泡瀬の目に、恐怖の色が滲んでいるのを見て。
あぁ、彼らの「心」もまた、教師である自分が守るべきものだと思い出した。
「…………っ」
生徒に優劣をつけるべきではない。
けれど、命の猶予があると敵が証言し、腕に優しく抱えられていた向と、出血を伴い殺されかけていた二人との「敵から見た命の価値」は、明らかだった。
「俺大丈夫だから!!一人で施設まで八百万運ぶから!!!」
「……ダメだ」
「先生!!」
「……俺が……おまえ達を施設まで連れて行く」
「………深晴」
考えてしまったから。
敵の言うことなんて信用するに値しないと分かっていても尚、八百万と泡瀬を選んだ。
敵の数も動きもわからない以上、戦えない八百万と戦いに不向きな個性持ちの泡瀬を放ってはおけなかった。
(……間違っちゃいない)
プロヒーローとしても、教師としても間違っていない、そう結論付けなくては自分を保っていられない。
こんなに傷ついた彼女を目にして、叫び出したいくらいに心が軋み、視界がぼやけて焦点が定まらない。
何を手放しても、深晴だけは手元から奪われたくないと、何度も何度も空想した。
けれど、空想は空想に終わった。
考えるより先に、仲間を助けようと体が動いてしまった生徒達が羨ましい。
自分はどこまでいってもプロヒーロー。
感情より状況を優先してしまう。
そして、教師である立場も忘れられない。
自身の選択に後悔しているわけじゃないが、それでも。
その選択を望んではいない。
選んだだけだ。
だから。
背を焼かれて床に伏す彼女のうわ言を耳にして、もっと最善の方法があったんじゃないのかと、何度も何度もあの状況を思い浮かべては、自分の脆弱さを嫌悪し続けている。
(…会見の打ち合わせ、行かねえと)