第85章 無いものねだり
普段冷静でいて、ポーカーフェイスを崩さない轟が、落ち着きを見失っている。
そんな珍しいクラスメートの一面に、(そんなこともあるんだな)と切島は考えて、すぐに思い直した。
(…違う。それだけのことが起こってるんだ、今)
二人でようやくエレベーターに乗り、一番部屋の近かった緑谷の元へと向かった。
彼は両手をギプスにはめられた状態で、まだ目覚めておらず、穏やかに眠っていると表すにはあまりに血色が悪かった。
(…緑谷)
轟はそんな彼の青ざめた顔を心配そうに見下ろして、あの合宿の終末を思い浮かべていた。
ーーー許せ
その一言を残して、敵のターゲットだった爆豪は姿を消した。
しかし彼の功績のおかげで、向だけは取り返すことが出来た。
引き換えに、リカバリーガールの一度の治癒では追いつかない、赤黒く濁った火傷痕を彼女の背に残して。
「緑谷、まだ顔色悪いな」
「…あぁ」
余裕がない時こそ、人の本性が見える。
よく聞く話だ。
爆豪が向を吹き飛ばしたあの一瞬。
彼の個性があれば、自身の手を自分の背に回し、爆破で切り抜けることも出来たはず。
(…いつか、緑谷がいってたな)
トップヒーローは、学生時から逸話を残している。
彼らの多くが話をこう結ぶ。
考えるより先に体が動いていた。
(…爆豪も、そうだったってことだよな)
彼は自分の保身より、仲間の無事を選んだ。
彼女だったから、という解釈が正しいのかもしれないが、粗暴極まりないあの彼もヒーロー志望。
彼もオールマイトに憧れて。
その憧れを原点に、No. 1ヒーローを目指してきた少年の一人だ。
「…俺、何も出来なかったんならさ」
「……?」
話し始めた切島に現実に引き戻され、轟が彼へと視線を向けた。
切島は申し訳なさそうに俯いて、呟いた。
「…怪我ぐらい、代わってやれたらいいのにな」
「…切島、別に…おまえは悪くねぇだろ。おまえらまで飛び出して散り散りになってたら、尚更状況把握ができなくなってた。出払ってる人数が限られて、先生方が時間を割くことがなかったから、脳無に殺されかけてた泡瀬と八百万だって助かったんだろ」
「わかってるよ、でもさ…俺らがもっと強かったら、あんな防戦一方じゃなくて済んだかもしれねぇのに!」