第85章 無いものねだり
「あー!?轟なんでいんの!?」
「…おまえこそ」
合宿が中止となってから、二日後。
怪我人が運び込まれた合宿所近くの病院のエントランスで、ばったり切島と轟が出くわした。
「俺ァ……その…なんつーか…家でじっとしてらんねー……つうか…」
「……そっか。俺もだ」
二人とも、騒然としていた二日前の夜より更に疲れ切った顔をしている。
切島の目の下にはくっきりとクマが出来てしまっているし、轟は何だか目元が腫れぼったい。
お互い、いつもと違うその様子に気づいてはいたが言葉にすることはなく、受付の大人に聞いて、クラスメート達の病室を一緒に見舞うことにした。
やたらと来るのが遅い病院のエレベーターを待つ間、切島がエレベーターの階数表示を眺めながらボソリと話しかけてきた。
「轟さ。ありがとな、爆豪と向助けに動いてくれて」
珍しく視線を合わせて来ることのない彼の様子を横目で見て、轟は少し視線を落として答えた。
「…何もしてねぇ」
「しただろ。追っかけてくれなかったら、きっと向も連れて行かれてた」
「してねぇ」
「……?」
僅かに怒気が含まれた轟の声。
切島が見上げていた視線をそのまま横へずらし、轟の顔を見やった。
「…俺は…何もしてねぇ。あいつを助けたのは爆豪だ」
「……まだ、あんまりあの時クラスのみんながそれぞれ何してたかとか詳しく話せてねぇから、わかんねぇけど。でもおまえは動いてたんだろ。…それだけでも…それだけでもさ…」
俺なんかより、だいぶマシだ。
引きつった笑いを浮かべ、切島が今度は俯いた。
二人とも、俯いて。
ようやくエレベーターが到着したと思えば、上階行きではなかった。
一瞬だけ開き、二人が乗らないと分かると、エレベーターの開閉ボタン手前に立っていたナースが「閉」のボタンを押した。
なぜか、落ち込む二人よりもエレベーター内の雰囲気は陰鬱としたものに見える。
「「…!」」
二人はその理由に気づき、ゾッとした。
横たわる患者用ベッドのその人の顔には、白い布がかけられていた。
まさか、と閉まる扉に手を出そうとした轟の手を切島が掴んだ。
「まてまて、なわけないって!」