第9章 お忘れではございませんか
「あれ、轟、向と会わなかったか?」
食堂をうろついていると、切島が俺を見つけて話しかけてきた。
「向、お前に用事あるって言われてたの思い出したってさっき出てったよ。すれ違ったみたいだな」
「…さっき?」
目を80度吊り上げて、食堂のテーブルの一席から俺を睨みつけてきていた爆豪と目が合った。
ここにいても仕方ねぇ。
俺は食堂を後にしようと、踵を返して歩き始めた。
「あっ、でもさっきめちゃくちゃ爆豪にブチ切れられてたから、先に食うことにしたかも。あそこにいんの向っぽくね?」
「切島ー、俺にも水持ってきてー。お?轟じゃん、どした?」
通りすがった上鳴を切島が引き止めて、向の所在を聞こうとした時だった。
<セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください>
学校に警報が鳴り響き、食堂に悲鳴が湧き上がったかと思うと、事態を察した上級生達が我先にと食堂の入り口へ押し寄せてきた。
「うわっ、なんだ!?」
「すみません!これなんですか!?」
「セキュリティアラームだよ、敵が侵入してきたんだ…早く逃げろ!!」
上鳴が引き止めた上級生は、焦って転びそうになりながら食堂から出て行った。
1人、2人が駆け出すと、すぐに恐怖が人から人へと伝染して、何十人、何百人という生徒が押し寄せてくる。
「いてえいてえ!」
「押すなって!」
「ちょっと待って倒れる!」
「押ーすなって!」
そして、人の波に飲み込まれた俺は抗うことをやめた。
こんな居心地の悪い場所に、最悪なタイミングで足を運んでしまった自分の諦めの悪さを呪った。
『ごめん!』
騒ぎが収まった後、教室へ戻ると、向が深々と頭を下げてきた。
その謝罪の意味するところを、もう人伝に聞いてしまっていた俺は、特に怒りたい気持ちにもならず、ただコクリと頷くことにした。
「…向、代わりと言っちゃなんだが」
『ん?』
今日、一緒に帰りたい。お前と2人で。
希望を端的に述べただけなのに、俺の言葉を聞いて、まだざわついていたはずの教室が、一気に静まり返った。
飯田くん、ライバル出現だよ!なんて、葉隠がよくわからない位置から、よくわからない事を言っていた。