第83章 モか
(…いや、待てよ)
脳無を呼び戻そうか、別の使い道に脳無を回そうかと、荼毘が二つの選択を思い浮かべた瞬間。
荼毘の左手の先から炎がメラメラと現れ始めた。
「ようやくか…!」
荼毘が左手を前に伸ばして最大火力の炎を生み出し、相澤の視界を遮る。
炎の壁が相澤の進路を塞いでいるうちに逃げおおせてしまおうと、背を向けて駆け出そうとした荼毘の視界の隅。
相澤が一瞬の躊躇もなく、烈火に飛び込んで荼毘の背を追ってきた姿が映った。
「逃すか!!!!!」
浴びせられた相澤からの怒声に、荼毘がハッと目を見開き、笑った。
「…さては、冷静じゃいられなくなってんな?…そんなに生徒が大事か?」
荼毘は一度向を地面に降ろし、また個性を消して肉弾戦に持ち込んできた相澤からの攻撃を受け流しつつ、囁いた。
「…そんなセンセイに朗報だ…あっちの方で、生徒が脳無に襲われてるぞ?」
「……!」
「わかってんだろ。俺がこいつを生きたまま持ち去ろうとしたってことは、向深晴にはまだ「命の猶予」があるってことだ。けど他の生徒に」
猶予なんて、与えはしない。
そう言った荼毘の顔面に、相澤の回し蹴りが入った。
苦悶の表情を浮かべ、体勢を崩した荼毘に、相澤が追い打ちをかけようとした時。
チェーンソーの音が鳴り響き、乱入者が現れた。
「相澤先生ッ!!助けて!!!」
「ーーーっ…泡瀬、八百万!!」
いくつもの腕を振り回しながら、木々をなぎ倒している改人脳無に追われてきたのか、怪我を負っているB組泡瀬と、その彼に抱えられながら意識朦朧としている八百万が別の獣道から飛び出してきた。
叫ぶ泡瀬の後頭部に向かってチェーンソーが振り下ろされる直前、相澤が荼毘の懐から飛び出した。
相澤は脳無を跳び越しながらチェーンソーを持った腕を捕縛武器で拘束し、体重をかけて背後へと引っぱり、脳無を背中から地面へと転ばせる。
「泡瀬、八百万!!施設の方へ向かって走れ!!」
「八百万、頼む走ってくれ!!」
「は、はい…!」
出血多量で霞む八百万の視界。
向を抱きかかえ、森の奥へと走っていく荼毘の背が映った。
「…っ深晴さん…!」
「ッ!?」
その声に相澤が振り向いた一瞬。
脳無が相澤に向かって、ハンマーを持った腕を振り下ろした。