第78章 日陰者のシンパシー
『あ…ありがとう…』
少し目を逸らしながら、差し出してくれた彼の手に向が手を伸ばす。
グイッと轟は向が立つのを手伝い、そのままグイーと腕を引っ張って、向を無表情で抱きしめた。
「「「「『!!!?』」」」」
本人ですら驚愕の視線を彼に向ける中、轟は照れることなく、ゆっくりと向を引き離した。
「…勢い余った」
『えっ、勢いつけてたよね』
「余った」
じゃあ、また後で。
轟は向に背を向けて、ピクシーボブと口論を続けている爆豪の方へと向かっていった。
呆然とする緑谷と、その周りにいた生徒たちは向の顔を覗き込む。
『……どうしたの、緑谷キティ』
「い、いや…どんな顔してるんだろうと思って」
『…びっくりした』
「うん、僕も。……えっと、向さん昨日のことなんだけど…」
轟に抱きしめられた一瞬で気が逸れたのか、いつのまにか頬に赤みがさしている向は、森に入っていく爆豪と轟の背をぼんやりと見つめ続けている。
途方にくれたような彼女の横顔を見て、緑谷は一瞬口を閉じた後。
問いかけようとしていた言葉を代えた。
「向さん」
『……ん?』
「……選べなくて、困ってるの?友達」
『……。』
向はハッとして、緑谷に視線を向けた。
ようやく彼女と交わされたその視線に、彼は申し訳なさそうに笑っている。
彼女は途方にくれた顔をしたまま俯いて、呟くように言葉を続けた。
視線を地面の一点に集中させ、ゆっくりと語る向の心情はいつもより数段分かりづらい。
『……うん。今まであまり友達がいなかったから、選べと言われても決めきれない』
「雄英に来るまで?そうだったんだ…想像つかないなぁ」
『ははは。ここに来るまでは、同い年の友達なんて全くいなかったよ』
「…そっか。ごめん、前に聞いてくれたのに、なんのアドバイスも出来なくて」
『とんでもない』
友達を選んだことがあるか。
そう以前緑谷が彼女に問いかけられた時。
緑谷は馬鹿正直に、彼女に返事を返した。
ーーー友達
選べるほどいなかったんだよね、と。