第78章 日陰者のシンパシー
これはもう、彼女の一言がないと場が収まらない。
そう思い、緑谷がすがるように向の方を見た。
彼女はじっと緑谷の騒がしい周辺を一心に見つめているだけで、仲裁に入りそうな気配はない。
「さては、もめにもめてこの肝試し自体無くなってしまえと思ってる?」
『…何の話?』
「露骨にとぼけた…!もめたところで更に肝試しの開始時間遅くなって怖さ増すだけだよ向さん!?」
『今すぐやめるんだ、とっととこんな茶番終わらせて明るい部屋に帰ろう』
この結果に納得してんじゃねぇよ!と爆豪に八つ当たりのチョップを脳天へと下され、向は『いたい』と鈍い反応を見せた。
「…向」
『…ん?』
「…これ終わったら、おまえと二人で話したい」
『え。…あー…えっと』
「…一昨日」
『…?』
夜。
玄関の。
ベンチにいたろ。
そう言葉を切って、轟はじっと爆豪を見つめた。
「…あ?」
「……。」
轟はそれ以上言葉を発することなく、向をただじっと見下ろした。
ふと、向の頭の中に。
一昨日の夜。
玄関のベンチに腰掛け、爆豪と吐息がかかる距離で見つめあっていた時の光景が思い浮かんできた。
『いや、あの…!あれは全然、そういうのじゃなくて…!』
「…爆豪は良くて。俺は、ダメか」
そう言った彼の瞳は、まるで。
捨てられた子犬のようで。
『ッ全然大丈夫ですとも!!』
「流されんな殺すぞ」
爆豪が向に膝カックンをした時、「爆豪キティ、轟キティ、ゴー!」というピクシーボブの号令がかかった。
「誰がキティだ、ふざけてんじゃねぇぞ!!!」
『いってらっしゃい、爆豪キティ』
爆豪はしゃがんで低く体勢を落とし、向の足元を蹴り飛ばし足払いをした。
ドシャァと激しくその場で転倒した向を捨て置き、「デクてめェあとで覚えてやがれ…!」という捨てゼリフを吐いた爆豪はスタートラインへと向かった。
「大丈夫か」
『…いってらっしゃい、轟キティ』
「あぁ」
向、がんばれよ。
轟はそう彼女を励まし、穏やかに笑って。
向に向かって手を差し出した。