第77章 破綻者のレッテル
『マンダレイがいつもいれてくれるみたい。だから言えないんだろうね、遠慮して』
向は火種を大きくしようと薪を投げ入れ、パチパチと爆ぜるその火をジッと見つめた。
何か言いたげな緑谷に気づき、もっと薪を持ってくる、と気を利かせてくれた常闇がその場を後にした。
立ち去っていく常闇に反応を返さず、燃え盛る火を見つめたままの向に、緑谷は問いかけた。
「…あのね、向さん」
『うん、なに?』
彼女は笑顔で緑谷に言葉を返し、視線も向けてくれた。
「…洸汰くんさ、個性ありきの超人社会が嫌いみたいなんだ。僕、昨日彼を追いかけて行って話したんだけど…なにも彼に届かなかったと思う。向さんなら何て言う?」
『大丈夫だよって言う』
「…大丈夫だよ?きっと、いつか納得できる日が来るから大丈夫だよって言えばよかったのかな」
『いや、納得できる日が来ても来なくても。牛乳だろうが社会だろうが、嫌いなものがあっても大丈夫だよって。キミは一人じゃないよって』
「……?」
そう笑って話す彼女に呆気にとられ、緑谷は目を丸くした。
彼女はいつものように微笑んだまま、緑谷から視線を外し、徐々に大きくなってきた炎を眺めた。
ーーー嫌いなものでも食べなさい。
緑谷母は、そうやって出久を育ててきた。
緑谷家が特殊なのではなく、一般論としてよく聞く話。
しかし彼女はそう教わらなかったのか、教わっても自分を曲げることがなかったのか。
どちらにせよ嫌いな牛乳と嫌いな社会を同次元で考えて良いものだろうか、と表情を曇らせた緑谷を見て、向が声を出して笑った。
『ははは。聞いておいてそんな顔しないでよ』
「えっ?ご、ごめん!」
『頭の中で「こんなクソみたいな世界大嫌いだ」って思うのは自由だよ。誰かに面と向かって大嫌いだって叫ぶわけじゃないし。思う分には自由。問題はその原点をどう捉えるか』
「…原点?でもそんな気持ちを原点にしちゃったら、性格が破綻しちゃうんじゃ…」
『…良くないなぁ。言い方が、良くない。誰もがみんな、憧れや夢なんて胸を張れる気持ちが原点とは限らないよ』
当たり前のことだよね?
そう言って、笑みを浮かべる彼女の目が全く笑っていないことに気づいた緑谷は閉口し、目を見張った。
「……向さん…?」