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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第76章 役に立つから




おはよ、と。
彼女が届かせる気のない音量で声を発したのが、口角が微かに上がった唇の動きでわかった。
椅子から腰を上げ施設の鍵を手に持った相澤を、「やっぱいい」と爆豪は制したあと、向達の方へと歩いていく。
向は近づいてくる爆豪から視線を外し、机の上に突っ伏したまま、顎をテーブルに立てて洸汰に視線をやった。
大人用のものしかなかったのか、彼の手のサイズに合っていない箸を使って魚の骨を取っている洸汰。


『……。』
「…!」


向はそんな彼を見て身体をようやく起こし、無言のまま彼の小さな手から箸を取って、代わりに魚の骨を取り始めた。


(…あのガキ)


友好的だった緑谷にすら敵意を剥き出しにしていた洸汰。
彼が向の向かいに座っていることにすら違和感があるというのに、彼は向に箸を取られても黙って彼女の様子を伺っている。
顔つきも目つきも何も初対面の時と変わりはない。
しかし確かに、彼らの空気感は和やかなものとは程遠いにしても、会敵したようなものとも言い難い。


「……。」


幸い、洸汰は魚に視線をじっと向けたまま俯いており、爆豪の姿を確認していない。
なんだかその二人の距離感を壊してしまうような気がして、爆豪は近づきつつあった二人との物理的距離を縮めることを一旦中止し、遠くから眺めることにした。
一本、二本、と魚の骨を取り去る向は片手の肘をテーブルについたままで、その横顔は寝起きのせいもあってか、いつもより物憂げに見える。


「……ぁ…」


洸汰が小さく、お礼を言おうとして。
緊張しつつ顔を上げた時、向は綺麗に骨を取り去った魚の一片を自分の口に放り込んだ。
その蛮行を見た爆豪がスタスタと向のもとへと近づき、スパァンと後頭部を引っ叩いた。


「なにしとんだ」
『いてっ』
「……っ!」


キッ!と睨みつけてくる洸汰を無視して、爆豪が向の頭頂部を鷲掴む。
その乱雑な扱いに大したリアクションも取らず、向が『おはよ』と改めて声を発した。
洸汰の斜め向かいに腰を下ろした爆豪は、パッと座席から立っていなくなろうとした彼を鋭い眼力で睨みつけ、「食ってる時チョロチョロすんなや…!!」とその表情には似合わない真っ当な指摘をした。


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