第72章 見て見ぬフリ
『…ふーん』
「……あ、のさ」
『……なに?』
「………。」
上鳴は引きつった笑みを浮かべたまま、俯いた。
そんな彼の様子に違和感を覚え、向が問いかけようとした直後、「お待たせー」と脱衣所から出てきた切島が声をかけてきた。
「向、おまえももうあがったのか?」
『鋭児郎。うん、部屋戻る』
「じゃあ一緒に上あがろうぜ!」
『あれ。勝己は?』
「…あー、一応待っとくか。あいつサウナ入ってんだよ、しばらくかかるかも」
『マイペースだな』
「…会う約束してんだっけ?なんで?」
『わかんない。話があるって』
「えっ」
向の言葉を聞き、珍しく静かにしていた上鳴が驚いた声を上げ、切島の方を見た。
「どうすんの!?」
「…どうするもこうするも。ほっとく」
「ウソマジで!?合宿の夜、一対一での呼び出しですよ!?気は確かか切島!!?結果次第によっちゃ明日から6日間地獄と化すかもしれねぇのに見逃していいの!?」
「あーもう、うるさい知らん!どうしようもねぇじゃん!」
「どうにかすんのが漢ってもんだろ、俺のために妨害して!!!」
「どうせ妨害すんなら自分の為にだわ!!」
『なに言い合いしてるの。廊下で騒がない』
軽く息を吐いた向のスマホが鳴り、彼女が電話に出た。
ぎゃあぎゃあと「二人を止めろ」「おまえが止めろ」と要領の得ない言い争いを続ける二人に、向が電話口を押さえて声をかけた。
『ごめん、先部屋戻ってるって勝己に伝えて』
「「伝えたくねぇけど了解!!」」
場所を移動する、と彼女が無表情のまま電話口の相手に話しかけながら遠ざかって行く姿を、上鳴が無言で見送った。
「なぁ上鳴」
「ん、どした?」
「……俺」
「この合宿で向に告ろうと思うんだけど、どう思う?」
ぎこちない笑みを浮かべた友人に、上鳴の視線が注がれる。
目を見開いたままの上鳴と、なんだか思いつめたような顔をしている切島の背後。
いつの間にやら脱衣所から出てきていた爆豪がイラついたような一声を発して、ようやく声を発した上鳴と言葉をハモらせた。
「「……………は?」」