第73章 君の原点
女子部屋の扉を叩く寸前。
微かに彼女の声が聞こえてきて、一瞬だけ。
その声の出所がどこなのか気になった。
あたりを見渡して。
やはり女子部屋から聞こえてきているはずだと認識し、もう一度腕を振りかぶった。
『……あと少しーー』
「………?」
自分の右手が扉を叩いた音が、部屋から漏れてくる彼女の声をかき消した。
一切聞こえなくなった話し声。
数秒の沈黙の後、彼女は部屋の扉を開いて、見上げてきた。
『……勝己、早かったね』
「…行くぞ」
パチリ、と彼女が部屋の電気を消して出てきたのを見て。
爆豪が「あ?」と不思議そうな声をあげた。
『私しかいないよ』
「喋ってたろ」
『電話』
「……電話?」
ーーーあと、少し。
「……電話で、何話してやがった?」
『何って?何か聞こえたの?』
「………。」
視線を合わせず、階段へと向かっていく向を見て。
爆豪が眉間にしわを寄せた。
『あれ、ところでどこ行くの』
「わかんねぇのに先歩いてんじゃねぇよ」
殺すぞ、と物騒な口癖を吐く友達を先へ行かせて、向は少し俯きがちに彼の後を追った。
一階へ降りて、数時間前向が洸汰にびしょ濡れにされたベンチへと二人で腰掛ける。
ここから先ほど降りてきた階段の前を通り過ぎ、曲がり角を二つほど曲がれば大浴場と食堂へと向かうことができるが、玄関付近にあるこのベンチの周りには人影はなく、他の生徒たちの喧騒も遠く聞こえる。
「……。」
脚を雑に開き、腰掛ける爆豪の隣。
黒いパーカーのポケットに手を入れ、なぜかフードも深く被っている向は、ぼんやりと。
爆豪とは反対側にある、玄関の方を眺めていた。
(……?)
そんな彼女の空気を側で感じて。
いつも向と一緒にいる爆豪だからこそ、彼女の様子がおかしいことに気づいた。
風呂上がり、温まっているはずの彼女の足が細かく振動している。
彼女が貧乏ゆすりをしている姿など、一度だって見たことはない。
だから、すぐ思い至った。
「…おい」
『…!』
彼女の右手をポケットから引っ張り出し。
やはり。
細かな振動が伝わってくる彼女の右手を、目を丸くした爆豪が左手で握った。
「……何、震えてやがる」