第72章 見て見ぬフリ
「やっぱり峰田ちゃんサイテーね」
「ありがと洸汰くーん!」
「…!」
芦戸が洸汰の名前を呼ぶ。
その声に振り返った洸汰と、半分湯船に浸かり、上半身だけうつ伏せに温泉の縁へと体を預けていた向の目が合った。
微かに口角を上げ、手を振ってくる向と、その周りの女子たちの姿を見た洸汰は赤面し、壁の天辺から姿を消した。
直後、「洸汰くん!!」という緑谷の声が聞こえ、麗日がバシャッと湯船に大きな波を起こすほど身体を揺らした。
「『…………。』」
そんな麗日と、向は目を見合わせ。
一気にのぼせてしまったかのように顔を真っ赤にした麗日は、無言で見つめてくる向に「違うの違うの」と全力で否定し始めた。
『何が違うの?』
「違うし!そういうんとちゃうもん!」
『…そういうんと?』
「全然そんなことないもん!」
『あぁそういう意味か』
(お茶子の日本語、たまに何言ってるかわかんない)
向は西の方に住む親戚の家庭で預かってもらっていた時のことを思い出し。
やっぱりちょっと違う気がする、と結論づけ、湯船からあがった。
「おっ、深晴!どこ行くん?」
まだもう少し浸かっている、という女子たちを置いて、先に一人脱衣所から出た直後。
上鳴が変な声のかけ方をしてきた。
『………どこ行く?部屋に戻るよ』
「あっ、そうなん?ごめんごめん、何も考えてなかったわ!」
『…電気は?』
「俺も戻るとこ!」
『そっか』
向が通りすがりにあった自販機に目を止め、お金を入れて、ぼんやりと自販機を眺めた。
少しの間何を買うのか迷っていたらしい彼女が結局買ったものを見て、上鳴が「うへぇ」と声を出した。
「その辺に流れてるもんに金使うなよ…ジュース飲めジュース!せめてお茶!」
『その辺に流れてる水飲んだらお腹くだすよね』
「そうだけどさー」
流れで上鳴も自販機で飲み物を買い、その場で立ち止まってペットボトルを開け始めた。
『…戻らないの?』
「ん?そういや俺切島待ってるんだったわ」
『なんか、支離滅裂じゃない?どうした』
「いやいや、んなことないっしょ!」
なんでもない!!
そう言って笑った上鳴はハッとして、一瞬気まずそうな顔をした。