第71章 似た者同士
ちょっと休んでから行くわ、と周りに伝えた向が、入り口近くにあったベンチに泥だらけのまま仰向けに横たわっていると。
ベチッという衝撃音と共に、彼女の顔面へと濡れタオルが落下してきた。
『…おぉ』
揺れ動く視界の中。
向の顔のすぐ近くに、誰かの顔があることだけは理解できて。
その身長に思い当たる人物を一人だけ思い浮かべ、向は言葉を発した。
『洸汰、ありがとう』
「気安く呼んでんじゃねーよ、持って行けって言われたから持ってきてやっただけだ」
『わぁ、誰かさんにそっくり』
様子を見ていてやれ、とでも言われたのか、一向にその場から動かない少年の気配。
向は目元に押し当てていた濡れタオルを額にずらし、自身の手の陰から洸汰の方をじっと見つめた。
未だぐにゃぐにゃと回る視界に映る少年の表情は認識できず、向はまた彼に話しかけることにした。
『今どんな顔してる?』
「は?見てわかること聞いてんじゃねぇよ」
『見えてないんだよ、申し訳ない。目眩が酷くてね』
「なんでそんな弱っちぃくせして…」
『……弱っちぃくせして?』
「………。」
洸汰は、そこで言葉を詰まらせたように何も話さなくなった。
『……弱っちぃくせして、ヒーローに?私はヒーローにはならないよ』
「は?おまえらみんなヒーローになりたいんだろ」
『みんなはそうだね、でも私はヒーローって職業自体は好きじゃないから』
「………。」
『あと、弱っちぃとは聞き捨てならないな。この目眩はたしかに個性のせいでもあるけど、それだけじゃないんだ』
「…ヒーロー」
なんで。嫌いに。
途切れ途切れに問いかけられる洸汰の言葉に、向は目を閉じたまま、しばしの沈黙を守り。
『…タオル熱くなってきた。また冷たい水で濡らしてくれたら嬉しい』
そんな全く関係ない返答を返してくる向に無視されたと思ったのか、洸汰は個性で向の顔を濡らしてやろうとして、失敗した。
「………ぁ…」
未だ、コントロールがおぼつかない洸汰の個性。
一瞬で、彼女の髪や制服まで完全に、びしょびしょに濡らしてしまった事に戸惑い、洸汰が慌てて両手を背後に隠した。