第69章 君を留めた日々
ーーー好きな女に、私ヴィランだから貴方と結婚は出来ない、なんて言われてみろ
(……結婚)
あの言葉をそのまま信じるとすると。
彼は、誰かにプロポーズをしたのだろう。
もしくは、俺と結婚をする気はあるのかと想いを寄せた誰かに問いかけたのだろう。
けれど。
「お騒がせしました!!皆さま、お食事を邪魔してしまったのに温かい拍手ありがとうございます!」
「お幸せにー!」
「おめでとう!!」
こんな、幸福を祈る他人の言葉すらなく。
近くにいた学生時代からの顔馴染みにすら、気づかれることなく。
彼の恋は終わりを迎えた。
一生涯、共に在りたい
そう言葉にするのは、どれほどの覚悟と、どれほどの強さが必要なのだろう
その願いを跳ね除けられたとするなら、自分は
そんな悲恋の影など一切感じさせない同期のように、また前を向いて生きていくことなどできるのだろうか
未だ祝福に包まれる店内。
深晴はサプライズだと分かった後、感動に打ち震えながら周囲の客と同じように拍手を送った。
その無邪気な横顔を見て。
まさか、俺が15歳もの歳下相手に、本気で彼女にプロポーズをする時の事を思い浮かべているとは知りもしないだろうと思った。
『みんなの前でプロポーズってすごいね!』
「……そうか?」
いいなぁ、とも。
羨ましい、とも言わない彼女。
未だ学生の身。
想像すらつかないか、ずっと先のことだと考えているのか。
そもそも、15歳も歳上の男との結婚を女子高生が本気で望んだりするのかなんてわからない。
(…あと、2年)
ずっと生きてきた自分にはあっという間でも。
彼女にはきっと。
2年なんて一瞬は、とても長い。
「……帰るか」
礼儀正しく両手を合わせる彼女につられ。
俺も両手を合わせ、ごちそうさま、と口にした。
先に戻ってろと車のキーを彼女に渡し、会計を終えた時、店員が食後のガムを二枚手渡してきた。
妹さんにもどうぞ、と親しげな呼び名と共に差し出されたその店の好意を。
俺は受け取るわけにはいかず。
「要らない」
そう突っぱねて、店を後にした。