第69章 君を留めた日々
イタリアンのお店に行ってみたい。
彼女がそんなリクエストをしてきたので、相澤は数少ない自身の外食履歴や職員たちの口コミの情報を記憶の奥底から引っ張り出した。
そして、マイクが以前「○○に△△って店があってよ、そこがもう美味いのなんのって!!思わずシャウトし過ぎて顎外れちまったっつーの!!!」なんて、いつ見たって健在すぎるほど健在な顎を忙しなく動かし、やたらと一つの飲食店をオススメしてきたことを思い出した。
「…前、マイクから聞いたことがある」
『イタリアンの?』
「あぁ。…行ってみるか」
曖昧な記憶を頼りに、店を探し。
彼女と向かい合ってテーブルに着いた。
運ばれてきた料理は確かに味が整っていて、普段口慣れないメニューも多く。
彼女は終始ご機嫌だった。
明るく、ざわついた店の中。
元々大人びた雰囲気を持っていた彼女はすっかり大人の世界に溶け込んでいた。
(…化粧でもしていれば、尚更)
そう思い。
(………いや、違うだろ)
すぐに訂正した。
(……急ぐ必要なんかない)
まだ少し顔つきに歳相応な幼さが残る彼女。
けれど、それは自然なことだ。
むしろただでさえ、人より様々な経験をしてしまったが故に、彼女の心はどこか歳相応とは言えないものへと変わってしまっている。
相澤に合わせるように外見まで彼女を急かすのは酷な話だ。
相澤がサービスで振舞われた食後のコーヒーを飲みながら、デザートを口に運んで頬を緩ませる彼女を眺めていると。
突然、一角に座って食事をしていた客たちが一斉に立ち上がった。
店内のBGMがダンスミュージックに代わり、テーブル席の間を縫って、10名ほどの客が示し合わせていたかのように踊り出す。
異様としか思えないその光景に、呆気にとられた彼女と相澤の視線が彼らへと釘付けになる。
客に紛れていたダンサー達が1曲舞い踊ったラスト。
最前列で踊っていた一人の男性が、一人座席に取り残され、目を丸くしていた連れの女性に指輪を差し出した。
「…っ僕と…」
結婚してください
店総動員で行われた盛大なプロポーズ。
結婚を申し込まれた女性は瞳を潤ませ、迷うことなく返事を返した。
沸き立つ店内で、相澤は。
一世一代のプロポーズをやりきった男性の姿に、一人の同期の姿を重ねていた。