第69章 君を留めた日々
これが、深晴との初デートとも言えるのかもしれない。
「…先、乗ってろ」
『…?何かあった?』
「何も」
首を傾げる彼女を先に見送り、相澤は踵を返し、部屋の中へと引き返す。
それから10分程度。
向は彼の車にキーを刺した状態で、これから食べに行ってみたい店のメニューをスマホで調べて、ニヤついていた。
「遅くなった」
『ううん、大丈………』
手元から顔を上げ、運転席に視線をやると。
そこには見慣れない相澤の姿が。
今、隣に座す彼の。
放置し続けていた黒い長髪は後ろでハーフアップにまとめられ、見過ごされ続けていた無精髭は見事に、全て剃り上げられている。
『………誰?』
「………俺だよ、俺俺」
『詐欺なの?』
「…みたいなもんだな」
至極真面目な声と表情で確実にふざけている相澤は、向が今日、彼に贈った青い夏物シャツを着て現れた。
運転中、袖が擦れて鬱陶しいからか、彼はいつものようにシャツの袖を肘まで折った後、ようやく向の方へと視線を向けた。
「…で?どこに…」
行きたい?
相澤はガレージの扉をリモコンで操作して開きながら、そう彼女に聞こうとして。
次第に月明かりが射し込んできた、屋内駐車場の薄暗さの中。
彼女が今まで見たことがないほどに、真っ赤に顔を染め上げているのを見た。
「……。」
『……っ…あ、ごめん…ちょっと…あの…』
「……何だその反応」
『…………いや………』
「何で目そらす」
『えっ……あの…初めて見たから、その…』
「……。」
かっこよくて。
目が見れない。
彼女がそんな心情を律儀に伝えてなんかくれるから。
相澤は目を丸くして。
「………。」
彼女から視線をそらす。
ハンドルの上で両腕を組み、顔をそこに乗せ。
緩んでしまいそうになった口元を、青いシャツの袖の影に隠した。
「…っおまえ、そういうことこそ言わずに隠しておけよ」
『……ごめん……』
何だか、二人とも。
とても気恥ずかしい。
彼女の照れが伝染し、相澤まで彼女の目が見られない。
出発すらしていないのに、もはや。
心臓保つのか、なんて。
二人は同じことを考えた。