第69章 君を留めた日々
行きたいなら、行っておいで。
そう言ってやれるのが理解ある保護者というものなのだろう。
もしそれが友人としての誘いではなく、異性としての誘いだとしても。
相澤には、「寛大な態度」というものは「大人」の必須条件のように思えた。
(…引き留める理由がない)
学校側から生徒へ課された夏休み中の自宅待機命令は、そこまでの厳戒体制のもとに敷かれたわけじゃない。
単純に、学校側の連絡がつきづらい場所への遠出は禁止、というだけのこと。
近所で遊んで帰ろうが少し出歩いて戻ろうが、雄英がペナルティを科すことはない。
なのに向は、せっかくの夏休みに、全くと言っていいほど予定を入れていないようだ。
もしかしたら、自分が知らないだけで。
特別親しい相手への好意を忘れてくれ、なんて相澤からの無理難題を律儀に守るため。
彼女は誰かからの誘いを断り続けているんじゃないだろうか。
そうだとするなら、そんな面倒な頼みごとをした自分が彼女に「許可」を発してやらなくてはいけないのだろう。
通話が切れたタイミングで、相澤が彼女の名前を呼んだ。
彼女は柔らかい笑顔を浮かべ、なぁに、と振り返る。
「………。」
『……ん?』
(…言って、やらないと)
せっかくの、友達がいる夏休み。
たくさん遊んで、たくさん楽しい思いをしてほしい。
今日はどうだった、と聞く自分に、幸せそうな笑顔で今日あったことを報告してほしい。
明日は、どこに誰と出かけるから、とても楽しみだと。
そう言って目を輝かせる深晴が愛らしくて慕わしい。
そんな弾んだ彼女の声が言いようがないほど好ましい。
だからこそ。
言わないといけない。
それくらいのこと。
痛いほどわかっている。
行ってこい
そう言おうと思って開いた口は、なんの言葉も発せずに
「……夜」
どこかへ、食べに行くか。
代わりにそんな言葉で彼女を誘った。
向は相澤の罪悪感に気づく事なく。
目を輝かせて頷いた。
相澤はそんな彼女の様子を見て。
ゆっくりと、彼女を抱きしめて。
絶対に彼女からは見えないように、途方にくれて俯いた。