第69章 君を留めた日々
しばらくの間、そのまま。
相澤は向の首に抱きついた状態で、肩に自身の顎を乗せて。
彼は温かい体温にまどろみ始め、彼女にのしかかったまま、眠り始めた。
左肩の上で舟を漕いでいる振動が伝わり、向はうたた寝しつつある彼の頭に左手を乗せ、長い前髪を軽くなでた。
「……。」
心地いい眠気に身体を委ね、重くなってきた瞼が閉じられる寸前。
視界の端にあった彼女のスマホが光を放った。
部屋に流れ続ける着信音。
相澤の眠気が一気に覚める。
スマホへ伸ばされた彼女の手元へと神経を集中させる相澤の頭に、彼女の頭がコツリとぶつかった。
『…電話』
「……。」
視線を送ってくる彼女に知らないフリをして、相澤はまた、彼女の首に巻きついたままの腕をきつく締めた。
爆豪か、と問いかけると。
よくわかったね、なんて彼女が返す。
(…毎日かかってくれば嫌でも分かる)
穏やかだった相澤の心に、ちょっと非難めいた感情が湧き上がる。
「…出ればいい」
『…この至近距離のままいるつもり?』
「問題があるのか」
『プライバシー問題が発生するね』
「……。」
もっともなご意見だ、と苦々しげに彼が呟き、向から離れて、ソファに横たわった。
ぼんやりと、電話に出る彼女の後ろ姿を眺めて。
電話越しの騒音に一切眉をひそめることのない彼女を見て、感心した。
それと同時に。
ゆったりとしていた心持ちは消え失せ、早く通話が終わらないものかと気が急いた。
「………。」
『んー、その日も予定が……あぁ、中学の友達と会うんだよ。ははは、デートなんて大層なものじゃないよ』
彼女の口から発せられた、「デート」という言葉。
話の前後を聞けばなんてことはない、ただの否定だと言い切れる。
けれど、聞こえていなくとも。
彼女が口にする断りの言葉を拾っていけば、毎日毎日電話をかけてくる爆豪の用件なんて、自ずと簡単に思い至る。
(……どうしたらいい)
一番仲がいいはずの爆豪からの誘いに、彼女はつれない返事を返す。
そんな向を眺め続け、相澤はぼんやりと考えていた。