第69章 君を留めた日々
『見てー』
向が珍しく、男物のシャツを買ってきた。
二人掛けソファに広げられた、彼女が着るにしてはサイズの大きすぎるその真新しいシャツを眺めて、相澤は眉をひそめた。
「…デカ過ぎだろ」
『消太にぃの』
「…………なんでだ。服は間に合ってる」
『夏物、ほぼ全滅だったよ』
「全滅させたんだろ。色が落ちてようが伸びきってようが俺は構わない」
『構います。家で着る分にはいいけど、合宿に持っていけるほど綺麗なもの枚数揃ってなかった。襟とか袖口伸びたの担任が着てたら、生徒はいたたまれない気持ちになります』
「勝手に思わせておけばいい」
『じゃあマイク先生との飲み会用に取っておこう』
「………」
着てみて、と彼女がシャツを押しつけてくる。
相澤が面倒がって部屋着の上から羽織ると、向に軽く舌打ちされた。
なんともいたたまれなくなって、不服そうに眉間にしわを寄せながら、部屋着を脱ぎ、シャツの前を閉めた。
「これで満足か」
『カッコいい、満足』
「………………………」
着せるだけ着せて、一瞬だけ向はニヤついた後、相澤に背を向け、自作の林間合宿へ持っていくものリストにチェックを入れた。
ローテーブルの前に座り、買い物メモと買ってきた品物を照らし合わせている彼女。
相澤は彼女の背後にあるソファに沈み、肘掛にもたれかかりながらその後ろ姿を眺める。
「……。」
彼女がキョロキョロとするたび、高い位置でまとめられた後ろ髪がせわしなく揺れる。
合宿準備を彼女が進める間。
手伝いもせず、口も出さず、ただ向を眺め続けていた相澤。
ゆらゆら、ふわふわと。
目の前で揺れ続ける彼女の髪を見つめて。
パシッ
と。
肘をついたままの相澤が、空いている方の手で彼女の尻尾を掴んだ。
『……ん?』
「……。」
触れられたことに気づき、彼女が振り返る。
『…………構ってほしいの?』
なんて、ペットに対するような言葉をかけてくるから。
相澤は重心を前に移動して、足下に座っていた彼女の首に抱きついた。
「ーー……だったら?」
からかわれた仕返しに、耳元で息を吐いてやる。
肩を震わせた彼女がバサバサと手元のメモを盛大にぶちまけたのを見て。
くく…と、相澤は彼女の耳元で笑った。