第64章 イレイザー・イン・ヘッド
忘れてくれ、と小さく、もう一度。
耳元で頼んでくる抹消ヒーローに抱きしめられながら、向は同級生の顔を思い浮かべた。
そして、ゆっくりと。
目を閉じた。
(…忘れられるなら、忘れたいことが沢山ある)
けれど、もうここまで来てしまった。
彼と一緒に暮らす中で。
私は売り言葉に買い言葉を返すような、気の強さを得てしまったし。
「追い出すぞ」なんて保護者の言葉を、単なるジョークだと笑って受け流せるようになってしまった。
泣き暮れていた毎日を忘れてしまったら。
彼が愛した私ではなくなってしまう。
確かに心が震えた友人達からの告白を、忘れるということは。
彼に愛されることと引き換えに、誰かに愛された記憶を忘れるということだ。
それはあまりに甘美で、名残惜しい。
けれど、仕方ない。
『…わかった』
忘れられるように、努力する。
そう答えると、ようやく彼は安心したように、深く息を吐いた。
そのため息を耳元で聞き。
向は、思った。
(…私は、消太にぃが期待してるような人間じゃないけどね)
久しぶりに楽しかった旅行の帰り。
飛行機に乗る直前。
母が何時間も帰って来なかった。
不安になって、大人に聞くと。
その大人は空港の大きな窓を指差して、私に言った。
「今飛び立った飛行機が、今日、君の国に帰る最終便だよ」
窓から見える、その飛行機を呆然と眺めて。
あぁ、そうか。
なんて、納得した。
夢なんじゃないかと思ってた。
やっぱり、本当に夢だった。
なんて、タチが悪い悪夢。
あまりに、酷すぎる。
空港に置き去りにされたあの日。
茫然とする私が眺めていた窓の向こう。
一つの飛行機が、滑走路を走り抜けていった。
飛び立とうとするその飛行機に、母が乗っていたかどうかなんてわからない。
その翼の陰から、着陸しつつある飛行機が見えて。
私は腹いせにその飛行機を
墜落させてやろうと決めた