第64章 イレイザー・イン・ヘッド
初めて彼を見た時。
自由気ままな風貌と、ぶっきらぼうなその態度を。
勝手に自分と比較した。
ただ、漠然と考えた。
愛想なく名乗ったのは、いつだっけ。
見た目に気を配らなかったのは、いつだっけ。
自分らしく生きていたのは
いつだっけ
子どもながらに、知っていた。
上手く生きていく為の振る舞い方を。
人に気に入られる為に、清潔感は欠かせない。
相手の警戒心を解く微笑みも、絶対忘れちゃいけない。
話す時は常に感じ良く。
流される時は、とっとと折れて流されろ。
幸せそうに笑っていれば。
ある人は、愛嬌があるなんて言い出してくれる。
ある人は、可愛げがあるなんて勘違いをしてくれる。
上手くやっていける。
ははは、と渇いた笑みを浮かべたって。
口角を上げずにいるよりはだいぶマシ。
悲劇のヒロインぶった女を、イタく思わない人はいないし。
そんな女との会話なんて、聞くにも話すにも気が滅入る。
ずっと、ずっと。
他人ばかり気にして生きてきた。
だから。
「相澤消太だ、よろしくね」
彼の姿を見て。
(愛想なく名乗ったのはいつだっけ……見た目に気を配らなかったのは?)
彼の生き方を見て。
(周りの目を気にしなかったのは?自分の部屋以外の場所で眠ったのは……いつだったっけ)
今まで見てきた、どんな大人より
どんな男性よりも
相澤消太、その人が
誰よりも、カッコ良いと思うようになった
誰にも媚びることのない心根も
誰より強く、カッコ良い、と
彼を心から慕うようになった
彼と暮らすうち。
緊張せずには触れられなかったガスコンロに、何の意識もせず触れられるようになった。
料理を作って振る舞うと、彼は一切表情を変えることなく、微かに目を潤ませると知ったから。
保護者に気に入られたいと言ってしまえば、それまでと何ら変わりはないのかもしれない。
それでも、彼に気に入られようとガスコンロに手を伸ばし、料理をこしらえるその瞬間は。
何物にも代え難い、かけがえのないものだった。