第64章 イレイザー・イン・ヘッド
「俺からしてみれば、おまえがわざわざ騒々しい爆豪と一緒にいる理由もわからないし、轟と距離を置かないのも理解できない。職業体験でエンデヴァーの所へ行くと言い出した時は、なおさら不可解だった」
ーーーなんで爆豪といつも一緒にいんの?
その問いかけには、覚えがある。
向の頭の中に、一人の同級生の言葉が思い起こされた。
なぜ、と、聞かれても。
過去を知らない人間に何を話したところで、説明不足だから言葉を濁した。
けれど、目の前にいる彼でさえ。
私の原点を知らない。
だから話したところで、何も伝わりはしないだろうと思った。
『…怖いもの見たさというか』
「なら即刻やめろ」
『…冗談』
クスクスと笑う向を相澤が「何もおかしくなんかない」と諌めた。
向はその鋭くも温かい視線を見つめ返し。
柔らかく笑って、彼の方へと手を伸ばした。
『…もう、十分大丈夫になったよ』
「体育祭での緑谷・轟戦、おまえ呑気に観戦席にいたろ」
『見ないつもりだったけど、鋭児郎に引き止められたから見ることになった。でも結局何の問題もなく過ごせたし、保須で轟親子見てても、何の恐怖心も湧かなかった』
「ならどうして今になって気を失った?まだトラウマだからじゃないのか」
差し出された相澤の手を、向が掴んだ。
帰りのバスでの出来事を除き、相澤が彼女に触れたのは、期末試験中のひと気のない廊下が最後。
それ以降、相澤に何度迫られても個性で反射を続けていた彼女。
今になって、触れるのを許される理由が思い浮かばない。
『それは……』
「……それは?」
『……消太にぃのせいだよ』
「……?」
炎へ落下していく相澤を見た時。
向の頭の中で、何かが爆ぜた。
そこから耳鳴りが始まり、微かに感じていた頭痛は、まるで頭をレンガで殴られ続けているかのような酷い痛みへと変わった。
バスに乗り、数分も経たず。
力尽きて、気を失った。
「…俺のせい?…どうして」
『……消太にぃが、炎に囲まれてるのを見たから』
「…炎に囲まれてる奴なんか、体育祭にも保須にも手錠の先にもいただろ」
『…そうだね』
「…俺だからか?」
『……そうだね』
私は、溺れたフリなんてしてなかったから。
向はそう言って、相澤に触れたままの指先に、力を込めた。