第64章 イレイザー・イン・ヘッド
「起きたか」
『……。』
向が目を覚ました瞬間。
枕元にあるパイプ椅子に腰掛けていた相澤が、声をかけてきた。
向は目元だけで周囲を見回し、現在地が医務室であることを確認した。
『…倒れた?』
「…だから言ったんだ。エンデヴァーの所なんかやめておけと」
『…大丈夫だと思ってた』
「大丈夫じゃなかった」
怒気を孕んだ言葉を受けて、向はじっと相澤を見つめた。
『…保須では、大丈夫だった』
「体育祭では冷静じゃなかった」
『別の理由だよ』
「違う。轟の炎を目の前で見たからだ」
『…大丈夫…じゃ、なかったけど…ごめん。もう少し、自分で把握できるようにする』
眉間にしわを寄せ、見下ろしてくる大人の心配そうな顔を見上げて。
向は何が面白いのか、クスクスと笑った。
相澤が親戚達から彼女の保護者を押し付けられた時。
承諾させやすいように口裏を合わせていたのか、彼らは相澤に、彼女が大きな音と炎にトラウマを抱えていたことを知らせなかった。
ただ、親が居なくなっただけ。
そう説明し、あの凄惨な事故現場に遭遇していたとは話さなかった。
だから彼女と暮らし始めて数ヶ月。
夏の夜。
大して遊びにも連れて行っていない、そんな理由で彼女をベランダに呼び出し、一緒に花火を見ようとした。
喜ばせたい一心だった。
けれど。
盗み見た彼女の横顔は色を失って。
深晴は、まるで。
張り詰めていた糸が切れたように、その場に崩れ落ちた。
彼女の口から事の経緯を聞き。
その背景に、耳を疑った。
『迷惑をかけてごめんなさい』
『次は』
『どこに行けばいいのかな』
目を覚ました彼女は、そう言って、深々と頭を下げた。
相澤のせいで、気を失うほど驚かされた彼女が申し訳なさそうに。
けれど笑って、そんなことを言うから。
「…もう、どこにも行かなくていい」
そう、言葉を返し
彼女の心が癒えるまで
ずっとそばにいて、守ってやろうと思った
彼女の心が安らぐような
彼女の、居場所になりたいと思った