第64章 イレイザー・イン・ヘッド
何回、預かり先が変わったか数えきれない。
母を消息不明扱いにすることで、私は小学校から中学にあがることができた。
他人の家で、置き去りにされた理由も知れず。
一人、神経を擦り減らしながら。
生きていくために、空港での出来事を胸の奥に押しやった。
預かってくれている親戚と、別れを繰り返すたび。
次は、こうしよう。
次は、もっとうまくやろう。
修正し、自分を捻じ曲げ。
大人の一挙一動に、いつも視線を走らせた。
いつからか、微かな視線の動きと、重心の動きで。
相手がどう身体を動かそうとしているのか、真似できるようになった。
生まれ持った「個性」なんかじゃない。
生きていくため、習得した「個性」。
その「個性」を開花させるほどの、努力の甲斐あって。
中学にあがった後は、目まぐるしく変わっていた預かり先が、緩やかに変わっていくようになった。
うまく、やっていた
「深晴、もう無理だ。俺はおまえを妹としては見れないよ」
彼が、そんなことを言い出すまでは
何十回目か分からない、親戚との会合。
「彼」と出会ったその日の集まりだけは、私が問題を起こしたことで開かれた。
意図的でなくとも、問題は度々起こってはいたけれど。
今回ばかりは追い出されても仕方ないなぁ、なんてことを考えながら、会場の中庭で空を見上げていると。
聞きなれない声がして、振り返った。
「君を引き取ることになった。相澤消太だ、よろしくね」
『………。』
その自由気ままな容貌と、愛想のない声色に。
大人になったら、そんな風に生きていけるものなんだと、とても羨ましく思った。
周りの大人たちが、彼に怪訝そうな目を向ける理由がわからなかった。
「とりあえず、ついてきてくれると助かる。こんな場所にいる時間が一分一秒惜しい」
(…あぁ)
『わかりました』
(…次は、彼か)
トランクケースだけ持って、彼の背についていこうとする私に。
彼は眉間にしわを寄せた。
けれど、何も聞かず。
私と、彼は。
その場にいた誰にも挨拶をすることなく、会合を後にした。
新幹線に揺られる間。
彼はまるで子どものように舟を漕ぎながら、長らく眠りに落ちていた。