第63章 十年目の片想い
期末試験の筆記が終わった、放課後。
次に迎える演習試験が不安で、実技の復習をノートに書き殴った。
それでも、心配で。
落ち着かずに校舎をうろついていると、ピアノの音が聞こえてきた。
(……すごく、綺麗)
この曲は、「月の光」。
ピアノの発表会で、聞いたことがある。
自分もいつか、弾けるようになりたいと願って、ピアノを習い始めたきっかけになった曲だった。
音を辿って、音楽室に辿り着いて。
扉の小窓から中を覗いた。
きっと、ピアノを弾くのに向いている個性の持ち主がそこにいるんだろうと想像して、目を見張った。
音楽室にいたのは、楽しそうにピアノを弾く向と、ピアノの足にもたれかかったまま座り、瞑目している爆豪だった。
ーーーピアノ、向いてないんだよ
いつか。
彼女の父親が零した、彼女の話。
発表会で、一番下手で。
それでも好きだからと、一途でやめない。
向き不向きなど度外視で。
(……あぁ、私も)
いつか、その曲が弾きたくて。
鍵盤を叩くのが楽しくて、大好きだった。
鍵盤に触れなくなって、程なくして。
もう一つ。
周りと自分の「違い」に気づいてしまった。
気づかないままでいられたら。
好きなものを、好きなだけ。
自由気ままに、子どもらしく。
好きなものを、好きだと言えたなら。
好きこそ、ものの上手なれ
あぁなんて。
なんて、身に覚えのある言葉だろう。
なんて、美しい言葉だろう。
何も変わらず、変われずに来た私の「個性」が。
憧れ続けた彼女の助けになるのなら。
好きだという気持ちだけで。
「夢」を抱いても良いのだとしたら。
向いているか、向いていないかなどどうでもいい。
ヒーローになりたい
彼女の隣を独占する
彼女と並び立てるような、ヒーローに
瞬時に収縮した捕縛武器。
大したもんじゃないか、という担任の言葉が。
この期末試験の終わりを告げていた。
慌ててカフスを担任の腕にかけて。
目を輝かせ、振り返った八百万に。
彼女は優しく、穏やかな笑みを向けてくれた。