第63章 十年目の片想い
「大人になるとさ。嫌でも分かるんだよ。自分がなれるもの、なれないもの、向いてること、向いてないこと、手に入るもの、手に入らないもの…「個性」なんてものが現れるまではさ、もっとみんな夢を見ていられた」
だから、娘の下手くそなピアノを聞いて。
俺は、最近の子どもは、大変だなぁって。
つらいだろうなぁって、思う。
「…お父様から何を聞いたんですか?」
「さぁね、努力家なキミがなんでか、発表会以降一切ピアノに触れてないってことぐらいかな」
「………別に、辛いわけじゃありませんわ。ただ、向いていないことより、向いていることをやっていた方が良いに決まっています」
「でも、俺はどんなに上手い演奏を娘の発表会で聴いても、へぇ〜としか思わなかったよ。向いてることをただやってるだけで、楽しいのかなって思った。親バカなだけかもしれないけどね」
そして、晴夏は言った。
「色んなことに気づけちゃうとさ、きっと他の子より大変だろう。考えすぎて動けなくなる時もあるだろうけど…そんなキミの「個性」が、いつか…うちの娘みたいなマイペースな子たちを助けてくれるんだろうなって思うよ。キミがヒーローになってくれるなら安心だ!転ばないようにしっかりと助けてやって」
そう語る晴夏の言葉は、あの頃の八百万に理解するには難しく。
八百万はただ、彼から預かったままの少女の写真を見つめ続けた。
その様子を横目で見て、娘に興味を持っていると認識したのか、晴夏は次々と一人娘の話を話し始めた。
とにかく、可愛くて。
とても、気まぐれで。
思考はまだおぼつかず。
好きだから、という理由さえあれば、何かをやり始めると一途で、諦めが悪い。
自分が向いているか、向いていないかなど度外視で。
彼女の個性は、そんな彼女の性格にぴったりの「向き不向きを変えてしまう個性」だと聞いて。
(…そんな個性が、あるのなら)
自分の向きを、変えてほしいと。
子どもながらに、言葉通りに捉えた。
自分が「向いている」ようにしてほしい。
ふと、そう考えて、頭の中に思い浮かべたのは。
もうずっと蓋を開けてすらいない、埃のかぶったグランドピアノ。