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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第63章 十年目の片想い




「百さん、初めまして!向晴夏と申します」


彼女の父と出会ったのはそんな頃。
ハルカという響きの柔らかい名前の似合う、とても優しい笑顔を浮かべて。
彼はキミのお父さんに雇われたと、そう言って、部屋に引きこもってばかりだった八百万を、プライベートジェットで空に連れ出した。
お父さんには内緒だよ、と。
彼は上空へ上がると、狭いコックピットに八百万を入れてくれて、操縦士だけしか見ることのできない景色を見せてくれた。
がっつくように本にのめり込む八百万を心配して、父が晴夏を雇い、部屋の外へ連れ出すように言いつけたのだという話を聞いて。
八百万は、憤りながら言葉を返した。


「私、しなくてはいけないことはしっかりしていますわ!引きこもりとは、違いましてよ!」
「ハハハ、しっかりしたお子さんだなぁ。うちの子とは大違いだぁ」
「…?」
「あぁ、俺にもキミと同じ歳の子がいるんだよ。もっとも、全然まだしっかりしてない。ぽややんとしてる」


かーわいいだろー!
と、晴夏は嬉しそうに片手をハンドルから離し、胸ポケットに入れていた写真を八百万に渡した。


「もっとも、最近会ってないんだ。俺が不甲斐ないばかりにね」


あぁそうそう!
と晴夏はコロコロと話題を変えて、写真を食い入るように見つめている八百万に問いかけた。


「屋敷を案内してもらった時見たんだ。ピアノ、弾くのかい?」
「…!」
「うちの娘も習ってるよ。でもあんまりにもマイペースでさ、ぜんっぜんリズムが合わないんだよ!発表会とかあるだろ、もうぜんっぜん!ぜんっぜん、ぶっちぎり下手くそなの!」


(……なんで)


どうして、この大人は。
自分の娘が劣っている話を、こんなに嬉しそうに話すのだろう。
娘が可愛いと言っておきながら、なぜ彼女の汚点をそんなに簡単に口にするのか。


「…そんな言い方をしては、この子が可哀想ですわ」
「え?あぁ、別にバカにしてるわけじゃないんだよ」
「バカにしてますわ!」
「してないしてない。下手くそだけど、あんまりにもニッコニコしながら弾いてるからもう可愛くて可愛くて」


そして、晴夏は少しだけ声を落として、言葉を続けた。


「ピアノ向いてないんだよ、うちの娘はさ」
「……」
「でも、下手くそだけど、なんか聞いてたらこう、うるっときちゃってね」


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