第62章 悪くない
八百万は、固く結ばれたままの向と轟の両手を見て。
少し俯いた。
「さすがですわね轟さん…」
「何が」
「相澤先生への対策をすぐ打ち出すのもそうですが…ベストを即決出来る判断力です」
あと躊躇いなく女子に触れられるところとか、と八百万は言葉を付け足し、私だってまだ繋いだことありませんわ、と意味深な発言を呟いた。
「…普通だろ」
「普通…ですか」
雄英の推薦入学者。
スタートは同じはずだったのに、自分は特筆すべき結果を何も残せていない。
そう愚痴をこぼす八百万を向が振り返り、立ち止まる。
その仕草を見た轟が、八百万へと視線をやった。
そして、彼女の「異変」に気づく。
「…!…八百万、マトリョーシカ…」
「…えっ」
「来るぞ!」
「すみませ…!」
「と思ったらすぐ行動に移せ」
『上!』
向の掛け声に轟が反応し、利き手の右腕で相澤に触れようと身体の重心を移動する。
手錠の存在を思い出し、左腕を伸ばしても、届く前に相澤は轟の懐へと落下し、低く声を発した。
「この場合はまず回避優先すべきだ。先手取られたんだから…!」
「八百万行け!」
「ハッ…あっ」
「あ、そういうアレか。なら…」
好都合だ、という相澤の言葉と同時。
向と轟の身体を捕縛武器が一緒くたに捉え、送電線に引っかけるように宙へと吊り上げられた。
向がゴーグル越しに、遠くに見える八百万の背を視界に捉えた。
視界に表示された座標めがけて周囲の風のベクトルを操作し、収束させ、八百万に追い風を吹かせる。
「きゃっ!?」
背中を押し出されるように宙を舞い、八百万が高速移動を始めた矢先。
電信柱を軽々登ってきた相澤が、彼女の座標測定ゴーグルを奪った。
『あっ!』
「おまえは座標さえわからなくしてしまえば良いだけだから、こうしておこう」
そう言う相澤に、ぎゅっと目隠しをされた向を見て、轟がハッとした。
「…相澤先生、そういう趣味が…?」
「違う。おまえ最近こいつに感化されすぎてボケ倒してるだろ。ファンが泣くぞ」
「捕まえた…つもりですか。こんな拘束燃やすか氷結かですぐ」
「どっちでもいいが」
落下先に気をつけろよ、と。
相澤はまきびしをその辺一帯に撒き、目薬を後ろのポケットから取り出した。