第62章 悪くない
<それじゃあ、今から雄英高1年期末テストを始めるよ!レディイイー…ゴォ!!!>
制限時間は30分。
何も言わず、スタート地点から駆け出した轟と向を、慌てて八百万が追いかける。
(…ですから、一言かけてください…!)
背後から、八百万が二人の様子を見ていて気づいた。
まるで心がシンクロしているかのように。
声もなく、轟と向は同じ方向へ移動し、同じ速度、同じタイミングで動き出す。
(…なぜ、そんなことが…?)
「八百万!何でもいい、常に何か小物を創りつづけろ。創れなくなったら相澤先生が近くにいると考えろ。この試験、どっちが先に相手を見つけるかだ。視認出来次第俺たちが引きつける、そしたらおまえは脱出ゲートへつっ走れ」
それまで、離れるなよ。
そう言った轟と、無言のままに彼に付き従う向を観察し続け、一瞬。
向の反応が遅れて、彼女の手首が、轟の方へと引っ張られるのを見た。
「こっちだ」
『……。』
「……!」
どうやら、轟は周囲に気を配ってはいるものの、手錠に意識を向けている様子はない。
無言でじっと彼の行動、視線の動きを観察し、彼の意識の妨げにならないように気を配りつづけているのは向だ。
(全部、轟さんに合わせて…?どうして)
友達だというだけで。
そこまで、相手の意志を汲み取れるものだろうか。
もしかして、彼女も。
(…轟さんを上に見てる?)
「どうした、早く何か創ってくれ」
「は、はい」
駆け出した八百万の身体から、ポコポコポコポコポコポコと、小さな人形が落下する。
『…え、可愛い』
「…何か出せっつったがおまえ何だそれ」
「ロシアの人形マトリョーシカですわ」
向が『ヤオヨリョーシカ…』と呟いたのをジッと横目で見た後、轟が手錠に視線をやって、ハッとした。
彼女の左手首に、赤い手錠の跡がうっすらとついてしまっている。
「向、悪ぃ…忘れてた」
『あぁ、大丈夫』
「手」
『…ん?うん、大丈夫』
「違う」
轟がぎゅっと向の左手を、自身の右手で握った。
「このまま走る」
『多分それは先生の戦闘力があがっちゃうと思うんだ』
「…大丈夫だろ。八百万、個性に異変があったらすぐ言ってくれ」