第62章 悪くない
「深晴」
隣の座席に座っていた轟が、向の名前を呼んだ。
ハッとした彼女は轟と、その奥に座る八百万に視線を向けた。
『…おぉ、たそがれてた』
「たそがれないでくれ。何回も呼んだ」
『ごめんよ。…えっと、なんだっけ』
「…八百万もぼんやりしてんな。二人とも、大丈夫か」
「だ、大丈夫です。すみません…」
不安そうに俯いたままの八百万を、轟と向が覗き込む。
『…あー、テンションあげる?ゲームでもして』
「えっ、ゲーム?精神統一などしなくて大丈夫でしょうか」
「なんの遊びだ」
『マジカルバナナとか』
「やってみたい」
「えっ…!」
「やろう、八百万」
『 Join us!』
ノリ気の轟と、ははは、と笑う向を見て。
「…もしや、深晴さん、チームの団結力を高めるために?」
『全然そんなことないけどそうだよ!』
「では私も全力で参加させていただきます!」
八百万は人の話を聞いているのかいないのか怪しい返事を返して、参戦の意思を固めた。
ルール説明を終えた後、三人が懐かしい遊びを始めた声が相澤の耳に入ってくる。
基本ガードが固い八百万と、常にポーカーフェイスの轟がどんな顔で遊びに興じているのか、担任として非常に気になる。
手拍子が背後から聞こえてきた後、ゲームを取り仕切る向の声が聞こえてきた。
『じゃあいくよー。マジカルバナナ、バナナと言ったら黄色!』
「黄色と言ったら…上鳴」
「上鳴さんと言ったら明るい!」
『明るいと言ったら芦戸三奈!』
「芦戸三奈と言ったら強酸」
「強酸と言ったら、キ・ケ・ン!」
『キケンと言ったら勝己!』
「勝己と言ったらキレやすい」
「キレやすいと言ったらテープ!」
『テープと言ったら瀬呂範太!』
「瀬呂と言ったら滞空性がある」
「滞空性があると言ったら麗日さん!」
『麗日と言ったらうーららか!』
「うららかと言ったら…麗日」
「えっ?麗日さんと言ったらうーららか!」
『んっ、うららかと言ったらお・茶・子!』
「お茶子と言ったらうららか」
「うららかと言ったら麗日さん!」
「静かにしろ3バカ。不毛な遊びはその辺にしとけ、着いた」
初めて馬鹿って言われた…!と悲しみにくれて顔を両手で覆う八百万を先頭に、三人が住宅街を催した演習場へと足を踏み入れる。