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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第61章 好きこそものの上手なれ




向は立ち止まって、振り返った。
潤んだ彼女の瞳を見て。
相澤は彼女の方へと歩み寄り。
今度は、様子を伺うようにゆっくりと。
彼女に口づけをした。


「…行きたければ、どこへでも行け」


俺は、引き留めないからと。
相澤は囁いて、向の頬を撫でた。


「おまえには沢山の可能性がある。何処へだって行ける。俺と一緒にいることで、おまえの可能性を失わせたくない。けど…俺からは、追い出せない。俺は弱い、だからおまえの側からいなくなることはできない」


出来ることと、出来ないこと。
生きてきて知った。
どんなに求めても。
どんなに努力しても。
なれないものも、手に入らないものも確かにこの世界には存在している。
諦め続ける人生の中、手に入れたのは。
自分が出来ることと、出来ないことは、誰よりも自分がよく知っているのだという確信。
深晴に触れないまま、あの家で生きていくことなど耐えられない。
オールマイトにはなれない。
彼女と自分の間に隔たっている、大きすぎる年の差が無くなりはしないように。



職業体験から帰ってきた彼女に溺れたフリをするのは、とても心地良かった。
どこからが演技だったのかと聞かれれば。
自分でも分からないほど、遠出から帰ってきた彼女が愛おしく。
甘やかして、側にいてやりたくなった。
彼女の隣に横たわり、寝顔を眺めるだけで夜を受け入れて。
彼女を抱きたいと湧き上がる欲求を抑え込み、ただひたすら、深晴が眠りについて、時間切れが来るのを待った。


「…他の誰かを望むなら、それでいい。俺に想いなんて返さなくていい。俺の一方通行でいい」


そう囁いて、相澤は彼女の髪に触れていた手を、ゆっくりとおろした。


「嫌なら、その都度俺に報告」
『…それどっちの言葉?先生?同居人?』
「どっちも俺だよ」


そう言って相澤は、眠そうな顔にかかっていた髪をかきあげた。
午後のテストが始まる直前。
面倒ごとをふっかけてきた相澤は、目を潤ませている向に一声かけて立ち去っていく。







「健闘を祈るよ」






そう言った相澤の背を眺めて。
向は、口元を押さえて。
ただただ赤面し、じんわりと滲んできた自分の目元をゴシゴシと擦り、ぐっと口を引き締めて。
教室へと、駆け戻っていった。

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