第61章 好きこそものの上手なれ
そう、消え入りそうな声で告げて。
緑谷は一気に恥ずかしさがこみ上げてきたのか、ゆっくりと向から離れた。
「じゃ…じゃあ……あの……」
『………じゃあって?』
「話して、くれる気になったらでいいから…!あの、本当ごめん…!じゃあ先教室戻るから!!!」
『自分でキスしといてそんな照れる?私まだ未遂だけど、出久』
「ごめん!!!」
そう叫んで駆け出して、廊下を曲がった緑谷が「うわぁああああ」と叫んだ。
転んだかと思い、彼の立ち去った方へと歩き始めたが、緑谷のドタバタという足音はものすごい勢いで遠ざかっていく。
何にそんな叫びをあげたのかと、曲がり角を覗くと。
『わぉ、消太にぃ』
「…学校で、何やってんだ」
どうやらブチギレる寸前らしい相澤に出くわした。
だから出久は叫んだのか、と合点がいき、向は『あぁなるほど』と呟いた。
「何がなるほどだ…?次もテストだろ、教室戻ってとっとと見直しでもなんでもしてろ…!」
『何怒ってんの?っていうか、どこから見てたの?』
「どこからも何もさほどやってること変わらんだろが」
『あぁ、主導権の違いはあったよ』
教室の方へと歩き始めた向の手を、相澤が後ろ手に掴む。
向は鬱陶しそうにその手を眺めた後、反抗的な視線を相澤に向けた。
腕を簡単に引き寄せられ、屈んだ彼の唇と、向の唇が触れ合う。
その出来事に。
向は目を丸くして。
相澤はジッと、向の目を覗き込んだ。
数秒の沈黙の後。
相澤は彼女から口を離し、手を離した。
「…キス、されたいなら俺に言え」
『………は?』
「欲しいものがあれば言え。そういう約束だった」
『欲しくない』
「………。」
『要らない。子どもだからって馬鹿にしないで、別にもう何とも思ってない』
「じゃあ質問を変えよう。どうして緑谷の個性にこだわる?入試で、おまえはあいつの個性を見たな。だからやたらと初めから接点を増やしてたのか?」
『尋問はもう答えたくない』
「これは尋問じゃない。…深晴」
立ち去ろうとした向の背に。
相澤が声をかけた。
「ーーー……妬ける」