第61章 好きこそものの上手なれ
『欲しいなぁ、私も。出久の個性』
ハッとして、周囲を見ると。
人影はなく、彼女と二人きり。
壁際に二人並んで立ったまま、視線を逸らしたままだった緑谷の頬に、向が手を置いた。
ゆっくりと、個性は使わず。
指先で緑谷の顔を自分の方に引き戻した彼女と、視線が交差する。
異性と、吐息がかかる距離で見つめ合ったのは初めてのことで。
そんな状況じゃないとわかっていながら、カァッと緑谷の顔が真っ赤に染まる。
『…ん?あぁ、恥ずかしい?可愛いね』
「は、ず……そそそそそういうんじゃないよ!!」
『いいの?それで』
「えっ!?なに、なにが!?」
『そういうんじゃないって繰り返してるとさ、いつからか本当に、自分がその時、誰と何して、どう思ってたのか…どう感じてたのか…わからなくなるよ』
まぁ、女子に迫られて恥ずかしがってたなんて、自覚しない方が男子的にはいいのかもね?
(完全に、からかわれてる)
そのことに愕然として、微かに憤って、今すぐこの場から逃げ出したいほどに恥ずかしいのに。
それなのに、彼女が触れたままの頬の熱は消え去ってはくれない。
暗く陰った彼女の瞳の色が、いつもとは全く違うことに気づいて。
息を飲んだ。
「…あ、の…」
『くれない?出久の個性』
「………………!」
あぁ、もしかしたら
彼女は、気づいているんじゃないか
ワンフォーオールの秘密も
そして、本人すら無自覚なまま膨らみ続けた
緑谷出久の秘密でさえ
「…君のことは、確かに友達だと思ってるし…君に求められるなら、なんだってあげたいと思うけど」
互いの唇が触れる寸前。
その言葉を聞いて。
(……あぁ、やっぱり)
なんて、諦めに似た感情が湧いた。
「でも、僕の個性だから君にはあげられない。そんな方法が、あればいいんだけど」
見つめ返してくる緑谷の視線を受けて。
向は自嘲気味に笑った。
『えーおねがーい♡』
「可愛いっ…でも可愛く言ってもダメだよ、それと向さん最近ちょっと自暴自棄が過ぎると思う!僕だったから、いつもと違うなってわかったけど他の人だったらどうなってたか!!」
『いや、いつも通りだよ』
「それはそれで困るよ!!」