第60章 仮初の平和
部屋に帰ると。
きっと真っ暗だろうと想像していた廊下に、明かりが漏れていた。
来週から、期末試験。
テスト勉強でもしているのかとリビングを覗くと、彼女が机に突っ伏して、教科書類を広げたまま眠ってしまっている姿を見つけた。
「……。」
シャワーを浴びて、部屋着に着替え、グラスに水を注いで。
ソファの前に座りこんだままの彼女の隣に座り、書き込みがしてある教科書を手に取った。
(…爆豪の字だな)
テスト期間の放課後。
彼女と爆豪が一緒に学校に残って勉強していることを、知っている。
「……。」
一度。
教室を通りすがった時。
座った彼女を抱きしめる爆豪の姿を見かけた。
二度。
雨の中。
相合傘をして帰る二人を見かけた。
だから、三度。
自分の心が粉々にヒビ割れる音を聞いた。
「………。」
どうして、爆豪にそんなことを許した?
彼女に聞けばいいものを
面と向かっておまえが嫌いだと言われたわけじゃない。
けれど、面と向かって「付き合おう」と言ったわけじゃない。
恋人同士じゃない。
口約束すらしていない。
だから嫉妬なんて出来る立場じゃない。
ただ、想いが通じ合って。
視線を交わして、キスをした。
勝手に特別な感情を向けていた。
それだけ。
それだけだから、彼女を責めることなど出来ない。
(………どうして)
彼女を手放す。
もっとふさわしい相手の元へと送り出す。
彼女が心から安心出来るような。
強さを秘めた相手の元へと。
それで心が裂けようと構わない。
決めたはず。
なのに。
あぁ、どうして
ーーーそんな一面を隠すために重ねた嘘の言葉に、おまえが何かを手放すこたねぇよ
嘘であってほしいと思ってやまない。
誤魔化しただけであってほしい。
彼女が隠した「何か」が、自分とは相容れない彼女という人間の見てはいけない一面だったとしても。
それでもいい。
嘘だと言ってほしい。
そして、告げてほしい。
俺も、おまえにふさわしいなんて
真っ赤な嘘を、その唇で