第59章 梅雨にのぼせる
『一緒に暮らしてる人の、生活音が気になって』
(……親戚の家、だったか)
日直日誌を提出しに、職員室へ向かった帰り。
廊下の窓から、また曇天が見えて。
降ってくる前に帰りたいと思ったが、あんな話を聞いた手前、すぐに帰んぞとも言いづらい。
(……。)
ぼんやり打開策を考えながら歩いて。
教室の扉を開ける直前。
扉についた小さな小窓から、なんとなく教室を覗き込むと。
俺の前の座席を占領し続けたまま、俺の机の上に身体を投げ出した深晴の姿が見えた。
教室にはもう誰もいない。
正真正銘、二人だけ。
けどこんな状況、数え切れないほどたくさんあった。
なのに、一向に発展しないのは。
あの女が折れねぇからだ。
聞けば、俺に不足はないなんて言うくせに、それは俺を選ぶ理由にならないなんて抜かしやがる。
轟の口説き文句には狼狽えたりするくせ、俺が何を言ってもクソ生意気な反応を返してくる。
言ってることは、何も変わんねぇのに。
なんでだ。
(……おいコラ違ぇだろ、あの女は邪魔なだけだ…!)
また葛藤が湧き上がってきて、舌打ちした。
手に入るなら、手に入れたい。
手に入らないなら、突き放したい。
この中途半端な状況にイラつく。
なんで思い通りにならねぇんだ。
一番俺と一緒にいるくせに。
訳が分からねぇ。
(…クソ)
ムシャクシャして。
勉強サボって寝てんなら、驚かして起こしてやろうと思った。
音もなく近づいて、深晴の瞑目した横顔を見下ろして。
俺は、呼吸を忘れた。
「………。」
深晴の目元から。
葉先を滴る朝露のような雫が、頬を伝って零れていくのを見たからだ。
(…そんなに、勉強したくねぇのかよ)
中間テスト古文赤点女のくせに。
バカみてぇな解釈を頭の中で思い浮かべて、自分で否定した。
(……そんなに)
そして、もう一度。
そんなに、好きだったのかよ。
なんて、今度はわかりきった事を、頭の中に思い浮かべた。
「……おい」
『……。』
俺の声を聞いて。
深晴が身体を起こした。
眠り込んでいたらしいあいつは、俺を見て、ハッとして目元を擦った。
『…おかえり…』
「…何泣いてんだ」
『泣いてない』
「あ?泣いてんだろ」