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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第54章 それだけは譲れない




日曜日。
轟家から帰ってくると、彼は玄関に飛び出してきて、向を抱きしめた。
ただいま、とも。
おかえり、とも言う前に。
向は、彼を安心させるための言葉を発した。


『…消太にぃ、何もなかったって』
「……。」
『何もないよ。大丈夫』


あぁ、どっちが大人だというのだろう。
ほんの数時間の不在ですら、彼は心の平穏を失ってしまったらしい。
初めから「こう」だったのか。
それとも、人と付き合っていく中でこうなってしまったのか。
経験があまりに乏しく、向には理解できる術がない。


(………今なら)


今なら、答えてくれるだろうか。
最近の彼は、公私混同も甚だしく、教師か一人の男かの境界線を見失っているように思える。
なら、どこまで聞いて許される?
どこまで欲して許される?
ただ、ただ彼女を抱きしめたまま、一言も発さない彼の背に、ゆっくりと腕を回して。
彼女は口を開いた。


『…あのさ』


トランクケース、捨てようか。
彼女がそう言った。
相澤がゆっくりと身体を離し、じっと彼女の眼を覗き込む。


「……いいのか」
『…うん。でも、その前に教えてほしい』
「……なんだ」


言ってみろ、と囁いて、相澤は彼女の髪に顔を埋めた。
彼女は彼の方へ、視線だけ動かして。
腕に力を込めた。


















『オールマイトの秘密を知ってる?』
















相澤が眼を見開いて。
彼女は抱きしめられたまま、彼の返答を待った。


「…どうしてそんな事を聞く」
『…不安で』
「不安?」
『…そう。不安』
「……不安、ね……」


相澤はゆっくりと身体を離し、向を見つめた。
その鋭い視線を受けて。


(ーーーあぁ、やらかした)


また手のひらで転がされただけか、と向は眉間にしわを寄せる。


(これだからヒーローは)


「……おまえの今の言葉を深読みすると、おまえはオールマイトの秘密ってやつを知ってることになるが」
『…知らない』
「それで納得させられると本気で思ってるのか?」
『………。』
「…なぁ、深晴」


おまえ、どっちだ?


そう問いかけてくる彼の目は、いつも向に向けてくる穏やかな温かさなど欠片も感じられない。

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