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風向きが変わったら【ヒロアカ】

第53章 そうじゃない関係




「待たせた」


合理性を求め続けるなら、今すぐにでも向を追い出せばいいものを。
彼はそうしない。
それは向への情故だろう。


『…お疲れ様』


彼の車の助手席に乗るのは、もう随分久しぶりのことだ。
少なくとも、雄英に入学してからは一度も、彼と一緒に並んで出歩いたことも、車に乗せてもらったこともない。
体育祭後に開かれた彼と二人の家族会議。
今後の生活をどうするのか、職業体験で距離を置いた時に改めて考えようと打ち合わせしていたが、彼は結論を出したのだろうか。


『…脱水症状で倒れたって聞いた』
「あぁ、うっかりしてた」
『うっかり?』


うっかりだよ、と言葉を返し、彼は視線を進路に向けたまま言葉を返す。


『…私がいなくなったらどうするの?』
「どうもしない」
『…どうにかしてよ』
「いなくならなきゃいいだけの話だ。そういやあのトランクケース、まだとっておくのか?必要ないだろ」
『別に乱雑な部屋で過ごしてるわけじゃない』
「余分な物はあるのに必要なものが足りてない。俺に飯を食えと言う割に、放っておけばおまえだって生活必需品すらまともに揃えないままじゃないか。生活していく上で合理性に欠ける部屋。まるで仮住まいだ。あれで女子高生の生活が成り立つのが不思議なくらいだよ」
『自分だって余分な存在を家に置いてる』
「俺は合理主義者だ、不要なものを側に留めたりしない。だからこそ俺とおまえが生きていく上で不要な物はあの家には置きたくない。その上でトランクケースは要らないと言ってる」
『矛盾してる』
「今さら何を」


どうやら彼は意見を変えることはなく、このままの生活を望むらしい。
向は流れ行く車の外の景色をぼんやり見つめ、不意に握られた右手に、視線を移した。
また思い浮かぶのは、一人の同級生の熱の篭った左手の温かさ。
今、誰のこと考えてる?
一週間前、彼女が彼に向けたはずの言葉を。
相澤は微笑んで使うようなことは出来ず、低い声色を使って向にぶつけた。


『…消太にぃのこと』
「へぇ」


それだけ言って、無言になって。
二人の家に着いて扉を閉めた瞬間。
相澤は向を抱きしめて、靴を脱ぐことも後回しにして。
彼女の唇にキスをした。
揺れた彼女の髪からは。
嗅ぎ慣れない、知らないシャンプーの匂いがした。


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