第52章 これからもお世話になります
私と深く関わってくれている、友人達は言う。
父は、弟に執着し。
母も、弟に向き合おうとするあまり、家から追い出された。
そんな状態で、よく母親代わりが出来るよなと。
感心した口ぶりで、まるで焦凍が悪い子であるかのように私を庇う。
実際、兄も、母が病院に入れられた事実を受け入れられず、弟に冷たく当たるようになり、成人した後は、この家から逃げるように出て行った。
祝い事がある度、決まって買うのは5つのケーキ。
この家にはもう3人しかいないのに。
そのうち一人は、食欲を誘う甘い匂いすら嫌悪する甘い物嫌いだというのに。
まるで、あの懐かしい家族のひと時に心囚われているかのように。
気づけば、5つ。
自然と買ってくる。
「悪い、だいぶ待たせた」
『とんでもない。ケーキを食べられるだけで嬉しいよ』
私も、あの時。
そんな風に思えたら良かった。
どれでもいいと繰り返す弟の視線が、今も昔も変わらず、目の前に並んだケーキに夢中になっていることに気づいていれば。
どれでもいいは、どれでも嬉しい。
そんな肯定的な解釈が出来ていれば。
母も、父も、独り占めする末っ子の弟。
あの時、そんな歪んだ目で焦凍を見ていなければ。
一番歳の近い姉らしく、彼と誠実に向き合っていれば。
何度後悔しても足りない。
取り返しがつかないことをしたと気づいても、もう遅い。
弟は私と一緒に何を選ぶにしても、ケーキ1つでさえ「これがいい」とは言わなくなった。
食べたいものを聞けば、母と最後に囲んだ蕎麦一択。
本当に好きなのかと聞いてやりたくとも、彼の心に踏み込む度胸もない。
わがままを許されていた上の兄弟とは違い、ただ一人。
遊ぶことも許されず、戦いに向き合わされる毎日で。
弟が珍しく、「冷たい蕎麦がいい」なんてわがままを言った日に、タイミング悪く母の心にヒビが入った。
焦凍は、悪くない。
ただ、タイミングが悪かった。
彼は何かを選ぶことがとても、とても苦手で。
何かをゆっくり考えることのできる、自由な時間が足りない訓練漬けの生活の中で。
日常的に使われていた、せっかちな父親の言葉に急かされ続けて。
わがままを言う時と場所を選ぶことすら、いつの間にか出来なくなってしまっていたんだろう。
けど悪いのは、父だけじゃない。
見過ごした私たち兄妹にも責任がある。