第52章 これからもお世話になります
『それがいいの?』
散々待たされたのに。
結局、いつものショートケーキ。
「…ああ、これがいい」
微笑んで問いかける彼女の声に。
なんだか少し。
嬉しそうに、そう答える弟。
(…………そっか)
焦凍に影響を与えたのは、体育祭で彼とボロボロになるまで戦った、頼りなさげな男の子と、もう一人。
今目の前にいる、彼女に他ならないと悟った。
氷のように、硬く凍りついたままだった弟の表情を。
まるで、ようやく。
春の陽が差したかのように溶かし、温かなものへと変化をもたらしたのは、彼女。
ーーー焦凍はショートだから、ショートケーキね!
そう言った自分の幼さ故の心の狭さを、もう何度後悔し続けたかわからない。
父が家族にケーキを買ってくるなんて初めてのことで、よく覚えている。
一番幼い弟から決めるものだと母に諭され、思った。
だって何を決めるにも、焦凍は「どれでもいい」と繰り返すばかりじゃないか。
どれでもいいは、なんでもいい。
なんでもいいは、どれもそんなに欲しくない。
弟の変化の乏しい表情と、口数の少なさから。
いつからか、そう聞こえるようになってしまって。
荒々しい父の足音が廊下から聞こえてきて、あぁ、まずいと子供ながらに思った。
早く、決めないと。
せっかく父が珍しく、ケーキなんてものを買ってきてくれた。
どれもそんなに欲しくないなんて言われたら、きっとまた父は悲しさ故に、怒鳴り散らしてしまう。
だから弟を急かした。
けれどその幼い頭で咄嗟に考えた企みは叶わず。
両親は目の前で口喧嘩を始め。
その日から、弟は。
「焦凍、明日誕生日でしょ?何か好きなもの買ってくるけど何がいい?」
「中学卒業おめでとう!ケーキ買ってきたから選びな!」
「焦凍、雄英受かったって?おめでとう!何か食べたいものない?ほら、なんか決めて。どれでもいいは、なし!」
「…ショートケーキでいい」
その日から何度、問いかけても。
弟は、私に視線もくれなくなった。
迷うことも、考えることもせず。
興味なさそうに。
母親面する私への義理で、なんでもいいという言葉の代わりに、そんな言葉を返した。