第51章 君にお世話を焼かれたい
こんな状況でも母親としての習慣を忘れられないのか、緑谷母と飯田母はお互いにペコペコと頭を下げ続けて挨拶を交わす。
きっとこれから叱られるんだろうなぁとハラハラしている緑谷の様子を見て、飯田が、何度も頭を下げすぎて髪を振り乱している両方の親を止めるように、言葉をかけた。
「すみません、緑谷くんのお母さん。彼はヒーロー殺しを見つけて突っ走った僕を、止めに入って、怪我を負わされてしまったんです。エンデヴァーが助けに入ってくれなければ、今頃どうなっていたことか。…僕が冷静であれば、彼は怪我なく職業体験を終えて、お母さんの所に帰って来れたと思います。優秀な息子さんに…怪我をさせてしまってすみませんでした」
ベッドの上から、深々と謝罪の頭を垂れる飯田を、緑谷母は潤んだ瞳でじっと見つめた。
「兄にばかり気を取られて、私がこの子にもっと気を配ってあげていれば…!」
そう言って。
本当に申し訳ありませんでした、と。
息子の過ちに、彼よりも深々と頭を下げ続ける飯田母の姿を見て。
(……。)
轟は、あぁ、これが母親か、なんて。
なんだかとても、胸が苦しくなった。
持ってきた果物を剥いたり、母親同士で「よく息子からお話は伺っております」なんて話を二人の母親が続けているのを、轟がぼんやりと眺めて時間を潰しているうち、次第に眠気が差してきた。
「と、轟くんもりんご食べない?」
なんて気を使ってくる緑谷に申し訳なく、一つだけ貰っておいた方が自然だろうか、なんて考えてはみたものの、言葉を返すことすら面倒くさくなって。
悪い、少し眠る、なんて窓際のベッドに座る彼に背を向けた。
なんだか静かなはずの病院が、ざわざわと耳元で木の葉が擦れ合っているように騒々しく、居心地が悪い。
(………うるせぇ)
病室の扉を眺め続けて。
気づかないうちに眠ってしまっていたらしい。
うっすらと目を開けると。
轟のベッド脇に置いてあった空席の椅子に、向が腰掛けていた。
「…深晴」
心地良いリズムで聞こえてくるシャリシャリという音は、彼女が赤いりんごの皮を、手元で剥いている音だという事が理解できて。
轟は少しだけ、じんわりと自分の視界が歪むのを、瞬きして誤魔化した。