第50章 警察のお世話にはなりたくない
「ッおい待て緑谷!!」
真っ青な顔をした緑谷が、何かに脅迫されたかのようにステインへ向かっていく。
無謀にも飛び込んでいく緑谷を無視できず、向に声をかけようとしていた轟が戦闘に加わった。
背後で乱闘を続ける三人には目もくれず。
向は飯田の目の前でしゃがみこんで、肘を膝について見下ろしてくる。
いつもの彼女らしくない、冷たい氷のような無表情に、飯田が息を飲んだ。
「…向くん、君は」
『天哉、キミの気持ちがわかるよ。私のお父さんも理不尽に殺された。だから私は止めない。そんな事言える立場じゃないから。けどキミは…きっとすごく優しくて、優秀なヒーローになるから。ただ何も言わず頷いてよ。そしたらキミの未来も無くならない、一瞬で終わる』
私が彼に、触れさえすれば。
向は自嘲気味に笑い、手のひらを飯田に見せた。
『…みんなには使った事ないけど、よく考えてみてよ。ベクトル変換って、全くヒーロー向きなんかじゃない。私の個性は嫌になる程、人を殺すことに向いてる』
「向さんダメだ!!!僕がこいつを止めるから!!!」
彼女の言葉を聞いて、緑谷が叫んだ。
ベクトル変換という個性の有用性と危険性に、日夜人の個性の研究を欠かさない彼が、気づいていないわけがない。
だから今すぐに、自分の手でステインを捕らえようと飛び出した。
彼女の言葉がハッタリなんかじゃないと、即座に理解したから。
友達に人殺しをさせない為に、また緑谷は戦いに身を投じた。
『…本当、可愛いなぁ出久は』
「……向くん、何を言っているんだ、君の個性は……!」
「深晴、おまえこっから離れろ!!」
焦ったように向へ声をかけ続ける轟の腕から、血が滴り落ちるのを見て。
飯田が、一つの考えを思い浮かべた。
ベクトル変換。
全ての力の向きを思いのままに操り、方向を変える。
それは人体にも有用で、重力程度であれば、触れることもなく操れる。
では、人体に触れた状態であれば、どこまでベクトルを操作できるのだろう。
微弱に流れる生体電流。
絶え間無く循環し続ける血液。
彼女が加減なく個性を使えば、目の前の男を殺すことなど、容易い