第49章 兄がお世話になりました
向の部屋に訪れて、さすがに食べ過ぎている自覚があるので代金を払うと申し出たら、彼女は笑って手を横に振った。
『いいよそんなの。むしろ食べきれないから食べてくれて助かる』
「…悪い」
『どうぞー』
「…………どうぞ?」
向はにこやかに笑った後、扉を開いたまま部屋の壁際に移動した。
『あれ?食べるんだよね?』
「……………あぁ」
『どうぞ?』
(…いいのか)
轟の中で、善悪の天秤が揺れ続けるビジョンが浮かび上がる。
友達。
女子。
シングルルーム。
授業の一環。
天然。
警戒心0。
つまり意識されてない。
二人きり。
最後のキーワードが彼の中の天秤を破壊し、気づけば、彼女の部屋の中に足を踏み入れてしまっていた。
(…言ってやらねえと、こういうのは危ないからやめとけって)
俺だから良かったようなものの。
男子というものを知らなさ過ぎじゃないのか。
自分はそういったことに関して淡白な方だと自覚していた轟でさえ、彼女の行動に危機感を覚えた。
『座って待ってて、今出すから』
楽しげに笑って自分のボストンバックを漁り始める向を遠目に見ながら。
轟はベッドを眺め、次いで一脚だけ部屋に存在している椅子に彼女のコスチュームと黒いリュックが乗せられているのを見て、仕方ない、という大義名分の元にベッドへ腰掛けた。
「…深晴、あんまりこういうのは」
そう言おうとした時。
ベッドの横のミニテーブルに置いてあった携帯が、音もなく光って。
反射的に視線を奪われた。
かみなり<よー深晴!!どうよ!?俺はマジ初日からお姉さんたちに……>
という通知の下に
切島<さっき映画のポスター見たんだけどさ、これ面白そうじゃね?一緒に……>
という通知があり、さらにその下に
Katsuki<あとで電話する>
という、恐らくクラスメート達からであろうメッセージの通知が表示されているのを見てしまった。
「……。」
いつも、向と一緒にいるくせに。
今彼女と一緒にいるのは、自分なのに。
友達同士、ただそれだけの関係の上に、構って欲しい、一緒に出かけたい、声を聞きたい。
そんな彼らの下心が見え透いて、イラついた。