第49章 兄がお世話になりました
ー20:21 Katsukiからの通話がありましたー
『はい、こちら向』
<ーーー。ーーーー!!!>
『…ほう、それは何とも有意義な』
<ーーー!!!?>
『はーっ鼓膜に暴力を振るうのはやめてくださーい』
<ーーー!!ーーっ!!>
『えっ?もっと真面目にって?いやいや至極真面目だよ…もう頭フル回転だよ』
「深晴、そのコップ取ってくれ」
『どうぞ。…え?1人じゃないのかって?今焦凍と戦ってる。いやいや、真剣勝負だよ。負けるわけにはいかないから電話切ってもいい?』
<死ねクソ女切んなやッッッ!!!>
『うはぁっやめてくださーい、私の左耳をいじめないでー』
職業体験2日目、夜。
轟と向は、向のシングルルームのベッド上でトランプを広げ、2人、神経衰弱に興じていた。
少し離れた位置に座っている轟にも次第に、向に電話をかけてきた相手の声が聞こえてくるほど、電話の相手はヒートアップしているようだ。
『え?8:2?…いや、さすがに2ペア以上は取ってるよ。なんの話ってこっちの話』
<会話しろやクソが!!せっかくてめェなんかに電話してやってんだ!!!>
『はいはい、ちょっと待ってて』
向は名残惜しそうに、『ごめん、ちょっとだけ待ってて』と轟に片手を向けてストップサインを出した後、部屋から出て行った。
急に静かになった彼女のシングルルームを見渡し、轟が洗面台へと移動する。
「…………。」
そのまま、ゴッ!と鏡に手をついて頭突きした後、轟は一切動かなくなった。
(いいのか、この状況)
鏡に額をぶつけたまま。
轟がうつむきながらカッと眼を見開き、なんだかゆるゆるとして落ち着かない口元を片手で押さえた。
事の発端は、つい15分前の出来事だ。
食欲より、父親への反抗精神を優先して、大して夕食を食べる事なく自室に戻った。
休息時間とはいえ待機時間でもある以上、勝手に待機場所であるホテルを離れるわけにいかない。
エンデヴァーに許可を取るため、顔を見に行くなんて以ての外。
心もとない胃の内容物の残量はすぐに底をつき、眠るに眠れず、自分のベッドに転がりながら食べ物のことを考えて、ふと。
向が自分のリュックにしまい直した、あの銀色の菓子箱のことを思い出した。