第48章 いつもお世話になっております
どうやらふざけているわけではなく、空腹と戦いながらも懸命に選び抜こうとしている轟に、向が提案した。
『じゃあさ、一週間あるわけだし、片っ端から食べていけば?選ぼうと思わずにさ』
「なるほどな、駆逐すりゃいいのか」
『ちょっとその言い方は穏やかではないけどそうだね』
駆逐してやる…!と決意を言葉にしながら、左上の枠に収まっていた和菓子を轟が手に取った。
(なんなんだろう、この可愛い生き物は)
もぐもぐとお菓子を食べ始める轟を、向が彼と反対側にある通路側の肘置きに肘をつきながら眺める。
「…おまえは、食べねぇのか」
『一個貰おうかな』
どれがいい、と聞かれたので、向は前のめりになって箱の中を覗き込む。
けれど数秒後。
『…選べないからいいや』
小さく唸り始めた後、また自分の座席に深く腰掛けた彼女に、轟が自分のものと同じ和菓子をとって手渡した。
「ハズレなかった」
端的に味の感想を述べた轟は、また菓子箱に手を伸ばして、自分が先ほど食べた和菓子の隣に納まっていた饅頭へと、手を伸ばした。
「これも」
轟は次々とお菓子を二口、三口で食べて、また同じものを向の手元に乗せてくる。
その食欲旺盛さにあっけにとられながら、「ハズれない」と彼が評したお菓子を一つ、向が口にした。
『…おぉ、美味しい』
「ああ。どれも美味しい」
良いチョイスしたな。
なんてさりげなくフォローしてくれる轟に、向は少し面食らいながらも、申し訳なさそうな笑顔を返した。
『…ありがと』
電車に揺られて。
向がウトウトとして、目を瞑ったのを見て。
(……。)
シートで繋がっている、二人の座席の境界線上。
そこに置いてある向の右手の小指に、轟が自分の左手の小指をくっつけた。
窓際に肘をついて瞑目し、眠ったふりをしながら。
ほんの少しだけ。
自分の小指と、彼女の小指を引っ掛けた。
「ーーー。」
(……これ以上は、さすがに嫌がられるか)
轟は、眠っているのか起きているのかわからない彼女の横顔を、窓越しに盗み見て。
揺れる電車の心地よさを身体で感じて。
ほんの少しの彼女の体温を、指先で感じていた。